(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2015年10月26日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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日本国民よ覚醒せよ『廃町村と一定規模の市に』



税収で自立困難な町村を廃しして一定規模の単位の市に


どう考えても数千人の人口単位で行政を置いても税収で何もできないと考えられる単位の町村が平成の大合併後にも残っています。

そして国などの交付金でどう考えても不要な立派な公共施設を抱え込んでいる場合が少なくありません。

利権がらみで都合の良い人も大勢いるからなかなか前に進まない事を打破しようとするならば、「市」の最小単位を人口100万人程度にすべきだと考えるのですが、50万人から200万人単位でまとめるべきでしょう。

まとまる単位は、鉄道網や道路網などを考慮し住民の動性などを考慮して住民が選択すれば何処に加わるかを決定すればよいでしょう。

境界も川などを基準にして別けるべきで個人の住宅の真ん中を境界が通るなんて愚かなことは解消すべきだと思います。

更に言えば公共サービスも山奥にまで下水道を引いてまで居住することが必要な時代は過ぎ去り、街中に空き家だらけなのですから様々な郷愁もあるとは思いますが、不便でも住み続けるのか、災害発生時に孤立する可能性も受容するのかという事です。

離島などでは仕方も無いかもしれませんが、別に山奥へ入り込んで生活を継続する必要もないのであれば、もう少しだけでも市街地に近づいて貰わないと幾らでも税金を費やすことになります。

個人で負担できるのであればそれは解決できるでしょうが、税収で維持していくとすれば「公平性」が大きく損なわれると考えてしかるべきではないでしょうか。

事実、三重県に越してきて隣接する奈良県や滋賀県や京都府との県境の山中にある集落に驚いた事も少なくないのですが、住んでいればまだしもやはり空き家が目立ちます。

自由主義の国ですから好きにして貰えばよいのですが、その為に市区町村のサービスがより多く必要になるのであれば説得することも大切でしょう。

ある程度の税収が確保できて自立運営できる単位での最小行政を考える時代になってきているのでしょう。

人口減少を見据えて増田寛也氏の「消滅可能性都市」のレポートも統計的に考えても誤りではないと思います。

私は20年前にボーイスカウトのとある地区のコミッショナーをしていて、減少気味の加盟員数から貴方の団は考えないと継続できないと指摘しました。

賛否は有りましたが、時が経過して現実問題になった昨今では廃団しかなく合併も考慮しているなんて話を聞くと「もう無理やな」と残念ですが思っています。

組織の趨勢はそこに集う人数によって左右される事が少なくありません。

漫然とマンネリの状況を継続していると悪くないしかないのです。

良くなるためには変化がないといけないのです。

グラフなどで右肩上がりの時は誰がトップでも登りますが、いったん勢いが弱まり下りだすとどんどん加速が付いて止めることもままならなくなります。

相当大胆な魅力を打ち出さないと再び右肩辺りになることは難しくなります。

企業などでも一代目が頑張り世襲で子供が継いでもその時点で時代のニーズからかけ離れてゆき三代目で終わるというパターンが少なくありません。

行政でも同じことでしょう。

日本の有権者は自らの居心地の良さからそれを許してきたのですが、そろそろ真剣に考えないと対岸だと思っていた火事の火の粉が自らに降り掛かって来ることは間違いなさそうです。


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