(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【Release date:2011年04月05日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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記憶に留めたい『宇宙飛行士ウラジーミル・コマロフの決死の友情』


写真を見て、私は少なからずショックを受けました。

何よりも、宇宙飛行士ユーリー・ガガーリン(Yuri Gagarin)という名前は耳にたこができるくらい聞かされて記憶に鮮明にありますが、宇宙飛行士ウラジーミル・コマロフ(Vladimir Komarov)は、私の記憶にはありません。

宇宙飛行士ユーリー・ガガーリン(Yuri Gagarin)は、人類初の宇宙飛行士となっていますが、実際のところは、違うということになるのでしょうか。

死ぬとわかっていながら宇宙に飛んだ、旧ソ宇宙飛行士コマロフの悲劇

宇宙飛行士ウラジーミル・コマロフ(Vladimir Komarov)はソユーズ1号で地球を飛び発った時、自分が二度と生きて帰れないことは百も承知でした。それを見守る人類初の宇宙飛行士ユーリー・ガガーリン(Yuri Gagarin)も。

でも当時のソ連のリーダー、レオニード・ブレジネフ書記長は共産党革命50周年を盛大に祝うものが欲しかったんですね。だからコマロフはソユーズ1号に乗って飛び、予言通りの運命を辿りました。上の写真はコマノフの遺体です。

Jamie DoranとPiers Bizonyの共著「Starman」はコマロフとガガーリンの友情を紐解き、なぜふたりがUSSR(ソ連)の危険なミッション断行を阻止できなかったのか、真相に迫る本です。

その詳細がNPRに載りましたので、少し抜粋しておきます。

『ガガーリンと上級技師らがソユーズ1号を検分してみたところ、構造上の問題は203点見つかった。問題は深刻で宇宙航行は危険だ。ミッションは延期すべきだ、とガガーリンは進言した。

問題は誰がブレジネフにそれを伝えるかだ。そこでガガーリンは10ページのメモにまとめ、KGBで一番の親友Venyamin Russayevに渡した。が、それを指揮系統の上司に上げる者は誰もいなかった。そのメモを見た人間は、Russayevはじめ全員が降格・辞職させられるか、シベリアに飛ばされたのだ。』

誰が見ても決死の任務でしたが、コマロフは「自分が乗る」と自ら名乗り出ます。断ると、代わりに乗せられるのが親友ガガーリンとわかっていたからです。

1967年4月23日、打ち上げの日、ガガーリンは打ち上げ場に姿を現し宇宙服を着ると言って騒ぎます。「急にわがままを言い出した」とロシア人記者は報じましたが、その場に居合わせた人の中には自分が代わりに乗ると言って騒いだと言っている人もいます。

結局コマロフが乗り、やがて予想通りの事態 ―アンテナは開かず、電源が失われ、進路をとるのもままならない事態を迎えます。

『宇宙の彼方に宇宙飛行士がひとり。彼は地球の周りを回りながら、自分が地球に生きて帰れない運命にあることを知っている。電話で繋がっているのはアレクセイ・コスイギン(Alexei Kosygin)― 当時のソ連上層部の人だ。彼もまた泣いている。電話の向こうの宇宙飛行士が死ぬのが分かっているから。

宇宙船は粗悪な造りで、燃料は危険なほど少なく、パラシュートは -- これは誰にも知らされていない話だが -- 動かない。中の宇宙飛行士ウラジーミル・コマロフは今まさに全速力で地球に衝突し、その衝撃で体が炎上・溶解する寸前だった。

トルコで米国が傍受したのは運命の瞬間に向かいながら「にわか拵えの宇宙船に彼を乗せた人々を呪い」怒り泣き叫ぶ彼の声だった。』

「Starman」は来月出版予定。

[NPR]Wikipedia-ウラジーミル・ミハイロヴィチ・コマロフ

Casey Chan(原文/satomi)(2011.03.23 11:00::http://www.gizmodo.jp/2011/03/post_8720.html)』

内容の詳細はともかく、貴方は写真を見て何か判別できたでしょうか。

自ら名乗り出てということは「ボランティア」であると言う事になるのでしょうが、決死の覚悟であったということでしょうか。

友人を守るためであるとすれば、「走れメロス」のような美談に祭り上げられてしまうのでしょうか。

私はこの写真は、以前に妹の荼毘を見守る直立不動の写真を見た時と同じような衝撃がありました。

一瞬を捉える写真では、遺体を見守る人の心の動きは捉えられないと思うのですが、何とも言えない表情であるということは理解できるのではないでしょうか。