(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【Release date:2010年01月15日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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注目「桜井茶臼山古墳」


年明けから、奈良県桜井市の「国史跡 桜井茶臼山古墳(再調査)」から銅鏡の破片などが過去に調査された中で国内最多の81面分が出土したと報道がありました。

これまでに鏡が大量に出土したのは「椿井大塚山古墳(京都府木津川市)」で36面や「黒塚古墳(奈良県天理市)」の34面などが知られているということです。

昨年は少し北にある橋墓古墳の近辺(奈良県桜井市の纒向遺跡)から卑弥呼の建物跡とする柱の跡などが発見されたと騒いでいましたが、大和朝廷発足に至る歴史の謎解きが始まっています。

美輪山の南方に存在するこの古墳は天皇陵とはされずに、初期大和政権の大王級の墳墓とされていますので発掘も可能な訳です。

天皇陵の大半が発掘されていませんので、詳細は不明なのですが、天皇陵を発掘してほしいものです。

「卑弥呼の鏡」という見方がある「三角縁神獣鏡」の破片も多数発見(26面)されているということです。

そのうちの一つに「是」の字が刻まれており、蟹沢古墳(群馬県)で出土した巍の年号「正始元年(240)」の銘鏡と字体や凹凸が一致し、同じ鋳型で製作された兄弟鏡と分かったということです。

「正始元年(240)」は、卑弥呼の遣遺使が銅鏡100面を持ち帰った年で、この銘を持つ鏡が初期大和政権の中心地で出土したのは始めてということです。

桜井茶臼山古墳は、『全長200mの大型前方後円墳。

1949年の石室の発掘で玉杖(ぎょくじょう)や武器など副葬品が多数出土。鏡片も53点出土した。

昨年、奈良県立橿原考古学研究所が60年ぶりに再発掘し、石室真上の墳丘頂部で巨大な丸太垣跡を発見。

朱一色で塗られた竪穴式石室の詳しい構造も判明した。』

使用している数字等は、2010年01月08日の日本経済新聞等を参考にしています。

古墳の発掘は明らかに墓暴きになるのでなかなか難しいのですが、巨大古墳の数と天皇の数があまりにもかけ離れているので疑義があるといってもおかしくないでしょう。

「古事記」や「日本書紀」などは、現在の天皇制を正当化するために書き残されたものであり、大王級とされている墳墓は対立した側の歴史ということでしょうか。

卑弥呼については、中国の歴史書から伝わっているので正統派天皇の系統にないので人気があるのでしょうか。

近鉄南大阪線の北方にある城山古墳なんて巨大ですが天皇綾とされていないために保存状態は、悲惨な状況ですが、市民に親しまれる「城山古墳津堂草花園・城山古墳小山花菖蒲園」等になっています。

石棺の蓋は藤井寺市津堂に鎮座する「a href="http://www.xhotzone.net/vh/27a/vh09041801.php">津堂八幡神社(つどうはちまんじんじゃ)」社号が彫られていると説明されています。

もっと古墳を調査してきちんと歴史のページを埋められると良いのではないかと思います。