(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声【Release date:2008年02月25日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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驚きからくり人形


最近のロボットに関する技術では世界に突出した成果を上げていると思われる日本なのですが、技術の結晶であるロボットは次元の異なった驚きを与えてくれるのが「からくり人形」の世界ではないでしょうか。

「からくり儀右衛門」こと田中久重(1799年10月16日-1881年1月11日)は、江戸時代から明治にかけて「東洋のエジソン」「からくり儀右衛門」と呼ばれ活躍した発明家。筑後国久留米(現在の福岡県久留米市)生まれ。久重が創設した田中製造所は後年、東芝となる。

大阪の伏見に移り、懐中燭台、無尽灯(圧縮空気により灯油を補給する灯明)などを考案し「からくり儀右衛門」と呼ばれ人気を博する1851年には,現在国の重要文化財に指定されている「万年自鳴鐘」を完成させた。

2004年(平成16年)に東芝、セイコーなどの研究者によって分析・復元され、レプリカが2005年(平成17年)の愛・地球博で展示された。この復元作業には100人の技術者が携わり、最新の機材を投入したが、解析に時間がかかり愛・地球博の開催日までに動力のゼンマイに使われている分厚い真鍮板を調達できなかったなどを理由に展示されたレプリカは完璧な復元には至らなかった現在「万年自鳴鐘」の原品は国立科学博物館に寄託されている。

大野弁吉(1801年~1870年)は、1849(嘉永2)年、からくり師大野弁吉は、江戸末期の享和元年(1801年)、京都に生まれ、20歳の頃、長崎に遊学、医術、理化学、天文、航海術などを学び、京都に帰り、中村屋うたの婿となり、中村屋弁吉と名乗りました。その後、天保2年(1831年)頃、妻うたの郷里・加賀の国大野村(現・金沢市大野町)に移り、明治3年(1870年)、ここで生涯を閉じました。

発明家の弁吉は、ぜんまい仕掛けのからくり人形や玩具のほか、鉱山開発や汽船の研究、写真術、遠眼鏡、エレキテル、象牙などの細工彫刻、製薬法、西洋医術などに数多くの功績を残し、「加賀の平賀源内」といわれたそうです(大野町文化財保存会「からくり師 大野弁吉」)

最新のロボットは小型のモーターや制御用のプログラムと最新の技術で作られていますが、からくり人形は、歯車やゼンマイといった単純な仕掛けで微妙な動作をします。

なんと言っても現在の最先端技術の結晶であるロボットとは外観はともかく一線を画するものであることは間違いないでしょう。興味のあるからは模型も発売されていますので作成してみればよく理解できると思います。微妙な動きを計算し尽くして作られています。

時代が異なりますので手に入る道具や材料、知識も大幅に違う時代にこのような精巧な物を作り上げた技術力と知能は比するものが無いと思います。

田中久重氏や大野弁吉氏については、もっと有名であっても間違いでは無いと思うのですが、「からくり人形」は知っていてもこの二人の名前がすっと出てくる日本人は少ないのではないでしょうか。