(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声【Release date:2007年06月29日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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関西弁ってなんや


大阪出身者以外は、関西弁といい、大阪府内出身者は、言葉をくくる際に大阪弁と表現されます。東北弁って言われたら、青森県、秋田県、岩手県やそれぞれの言葉を話している人が気を悪くするので花井でしょうか。私は、人に大阪弁がっって言われたら、河内弁ですって言うけどね。どーやら、兵庫県の瀬戸内海よりの人で、神戸でもないし大阪でもない人が『関西』っていってるような気がします。それと、お笑い芸人がテレビで言ってますね。

大阪弁も、『とうはん』に代表される道修町や立売堀界隈で使われていた言葉と、淀川より北側の箕面や豊中と、京都よりの高槻や茨木と淀川より南で大和川より北の枚方や寝屋川と私の住んでいる東大阪や八尾、柏原と大和川より南の富田林や河内長野や堺、それより南の和歌山近い泉佐野になるとそれぞれ全く違う言葉に聞こえるのに、

『言語群ですなんてしゃあしゃあと表現するのにはまいってしまう。』

各地方の言葉を『方言』と称して、『言語群』なんて表現し、関西は他地域と比較して『多くの共通項があります』なんてのは笑止千万である。方言であっても基本的に特徴的な部分を除いて、『多くの共通項』がなければ、『日本語』ではなくなるではないでしょうか。言語学者の整理法らしいのですが、それこそ『おおばかやろう』ですね。研究ってもっと、地に足の付いた研究をやってほしいですね。『どあほ』の私にも解かるようにしてくださいね。

方言と言うなら、西宮の方言ではというべきであり、関西弁ではなどといえば、和歌山、奈良、京都、滋賀、兵庫、大阪も含めて、各地域に対する敬意が感じられないのは私だけなのでしょうか。こだわりのようですが、東京と表現したい関東人とは歴史的な重みが異なります。関東で、千葉県人であるとか、埼玉県人であるとかを主張する人は少ないような気がします。これは潜在意識に大きな違いがあると思っているのではないでしょうか。東京という都市をあこがれの地として意識するから、関東方面から関西方面(私は嫌いな表現であるが)に来た人は、東京駅から来たといわずに『東京からきました。』と言いますね。それで、千葉県に住んでいるとか、埼玉県に住んでいるって言われれば『東京ちゃうやん。』って、思ってるんですよ。

反対の場合は、『京都からきました』、『奈良からきました』というのに対して、関東の人間は『関西からこられたの』と失礼きわまりない表現をする。これは、自らが『東京の住民ではないが』東京にいる人間と表現したいと言う気持ちと、若干の優越感を保ちたいという心理なのでしょうか。千葉でも埼玉でも神奈川でも恥ずかしくもなんともないのに、自らの郷里を覆い隠す単語を使う必要はまったくないでしょう。ちなみに私は、東大阪市(旧布施市、河内市、枚岡市)なので、河内者です。

『めばちこ(ものもらい)』この言葉は、関西方面特有の言葉なのか、大分出身者には解らなかったそうです。広島出身者にも理解されなかったということはどこまで通用するのでしょうか。それこそ、単語に違いがあると伝わりませんよね。鳥取地震で、新幹線が大幅に遅れている東京駅のホーム上で、見るからにややこしい格好をした若者が、人に声をかけているのを見たときに、彼が質問をしているのに、誰もまともに取り合ってやらないのを眼にして、「あっ、こっちへ来よった。」と思っていたら、彼の開口一番が、「失礼しますっ。」で驚いたことがあります。彼を邪険に扱っていた人々は、「差別心」があったのでしょうか。

彼は当時の「のぞみ」の立ち席切符を持っていて、どこで待っていれば良いかを聞きたかったのです。しかし、彼の話には思わず笑ってしまいました。自衛隊に入隊して、東北に配属になっていたそうで、2年ほど前に大阪へ戻れることがきまったので、部屋を片付けていて同僚に『これほかしといて』って頼んだそうです。でも同僚は、何を言われたかわからずにそのごみを放置したらしく、それで殴り合いのけんかをしてしまって、2年間大阪への配属が伸びてしまって、やっと明日信太山駐屯地に赴任すると言うのです。二人で大笑いしていたら、彼を邪険にしていた人たちの視線が、お前も同類かって言っていました。言葉の行き違いって恐ろしいですね。

『狐の嫁入り』というのは、青空なのに雨が降っている状態をいう。一時的に住んだ奈良では、『天気雨』と言っていた。当然である。これは、『信太の狐火』という信太山に伝わる物語からきている。だから、『しのだ』という単語と『きつね』という単語は、陰陽の関係で使用されている。『きつねうどん』を『しのだ』というのは、この関係であると思わます。でも、私はうどんやで『しのだ』下さいって聞いたことはありません。どんどん私語になってきているのですね。テレビ文化のせいでしょうね。

『でこちゃん』は、私の子供の頃(約35年前位)にやっていた『ベティちゃん』という、でこを特徴に表現したマンガからきているのではないだろうか。あまり記憶にないが、たしかにアメリカのマンガであったような気がします。『もーれつあっ太郎』の『でこっぱち』ではないでしょう。こんな言葉も使ったことがありませんね。研究者は面白いもので何を探してくるのでしょうか。何を研究されているのかよくわかりませんね。

『おはつ』は、私の子供の頃は脅威でした。いかにも散髪帰りであると分かったら、『おはつ』といって、後頭部を、『ぱちん!』と張られるのです。知らんおっさんにも張られてしまうから、私は散髪がきらいで、帽子を被って頭を隠して往復した憶えがあります。こっちは、まったく知らないおっさんに『おはつ』されるんですから良い時代だったのでしょうか。

『あほ』と『ばか』論じゃなく『あほ』『ぼけ』『かす』『あほんだら』『どあほ』に至らなければ、微妙なそれぞれの違いも理解することができない。それぞれの単語に微妙な感情移入がなされて、意味が異なってしまいます。『あほ』でも、優しさが移入されると、すごく柔らかな言葉になります。私のように冠詞(a,an)程度ではなく定冠詞(the)になると、『あほ、なにやってんねん』、『あほ、はよせぇや』『あほ、ちゃんとせぇ』となり、『ぼけ、なにさらしとんねん』とは違うのです。

西武池袋線の池袋駅で最初に戸惑ったこと、電車の案内板に『つぎ』と『こんど』と表示されています。『先発』と『次発』だろうと思いましたが、どちらが先に出るか。いまだに微妙な差違が解りません。『つぎに来る電車』と『こんど来る電車』では、どちらが先にくるのでしょうか。日常会話で、『つぎ』は私は、ほとんど使用していません。私には、『こんど』は否定語の要素がかなり大きいのです。『映画見にいこか』『また、こんど』では、私はほぼ確実に見に行きません。『映画見にいこか』が繰り返され『また、こんどな』になると5%くらいは見に行く確立がある。この『な』が非常に大きな役目を果たしてしまいます。このような、程度の違いは各人により異なるに違いないでしょう。まあ、どちらもその時どきのニュアンスにより微妙に意味が異なっているんでしょうけど、東京で働いていていたときの同僚に話をしたら、西武池袋線の電車は、永遠にこないじゃないですかって言われてしまいました。

私が高校生の頃に高槻からきていた同級生はやたら言葉の末尾に『け』がついていた。『そやんけ』『ちゃうやんけ』という具合に、奈良の高田方面の人は『ね』がついていました。『そいでね』、和歌山の人は『わいは』が頭について『ら』『な』がお尻についていた。『それなんな、いつほったんら(それは何、いつ捨てたの)』という意味です。でも、私の回りにも最後に、『け』『ら』『な』『ね』って付けて喋る人がいますが、そこの部分は意識してなくて、『ね』でこの人は奈良県の南の方に住んでた人かななんて想像しているだけですね。特に話題に詰まった時に、これを頼りに地元の話題を取り出してくるのに便利です。

『お』について、丁寧に言っているつもりだろうが、耳障りで話をしている知的水準が低いとしか思えません。『お入学』『お電話』『お紅茶』『おコーヒー』いったいなんやと思ってしまいます。『お』がつくのは『お尻』汚いものだからであり、特別に、『お米』大切にしなければならないとき。通常は『米』です。しまいにはつけられる名詞には全て『お』をつけるのではないでしょうか。国語辞典も『お』と『ご』ばっかりに編集されるのでしょうか。『○○さん』の『さん』をつければ『殿』や『様』の違いを知らない無知を多い隠せるかのように、『おまえ』は良く無い意味になりましたが、元は『御前』であり、『きさま』も『貴様』です。『われ』も『我』です。『おんどれ』はかなり異なってしまうが……。どーなんでしょうね。

なんでもかんでも『お』や『ご』をつけて丁寧であるなんて思っているなんて頭の程度がかなり低いとしか思えません。

ちなみに滋賀県では『あーほー』といわれれば、『あ、そー』であり、『ほーか』は『そーか』となる。通常はすごく柔らかく表現されるので、『あほ』と混同することはないでしょう。

『方言』は大切な文化です。差別的な見方をするのではなく、大切な文化を伝承していると考えましょう。標準語として統一する必要はありませんよね。使い分けることが出来れば良いのではないでしょうか。自分の出身地を胸を張って『方言』で答えましょう。