(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【Edit:2009年06月17日】
柏原市玉手山町に鎮座する伯太彦神社(はくたひこじんじゃ)です。
柏原市内には姫・彦のペアになっている神社が多いような気がします。隣接する柏原市円明町には夫婦神の相方である伯太姫神社(はくたひめじんじゃ)が鎮座します。
この神社、安福寺古墳群の門の横に鳥居があり階段で上がっていくようになっていたので、安福寺の山門まで行って降りて階段を登ったのですが、なんと安福寺の山門に出てくるではありませんか。「暑いのに!なんてこと。」
『伯太彦神社 御縁起
近都飛鳥の安宿郡資母郷にあたる柏原市玉手山の安福寺に隣接した天王臺(てんのうだい)と称する丘陵に伯太彦神社(はくたひこじんじゃ)がある。
古くは躑躅尾社とも牛頭天皇とも称せられる。
創建年代は不詳であるが、平安末期階従五位下延喜式内の古社にして文徳天皇、天安二年(858)一月官社に列せられる。
御祭神である伯太彦命は古事伝承によれば伯孫百尊とも称される。
伯太彦命(宿孫百尊)は、田邊史の祖で崇神天皇の皇子の豊城入彦命の四世大荒田別命の子孫の努賀君の子とされる。
百尊の孫の斯羅が皇極の御代に田邊史一族として安宿郡の資母郷に居を構えたとの伝承がある。
白鳳から奈良時代にかけて栄えた藤原氏に仕えた田邊史一族がこの地に勢力を持っており、なかでも田邊史大隈は(中臣)藤原鎌足の資人として活躍した。
続日本紀に宝亀元年(770)称徳天皇が由義宮へ行幸した際、博多川(現在の石川)に臨んで宴遊し、百官等が曲水の詩を献上した。
翌日には、歌垣を行い
【淵も瀬も清くさやけし博多川 千歳を待ちて 澄める川かも】
と歌を言祝だ。
近くの玉手山丘陵は全山躑躅が咲き誇り盛んに花見の宴を催された様である。
明治四年大政奉還布告(神仏分離令)により寺より独立し、明治五年国史に於ける村社に列せられる。
明治42年二月に誉田神社へ合祀され、その後自然災害が続いた為、白木村より御神殿を新たに求め当地に祀られる。
昭和十一年五月十七日社殿を合祀先より当地に御復帰し若宮殿として並び再祀される。
昭和二十二年一月三十日神社法人令により神社庁の神社法人となる。』
なかなか興味深く活発な歴史が展開されています。
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