(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【Edit:2009年05月07日】
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「直感経済学」とは、何の根拠もない私の感覚と言うかフィーリングを元に好きな事を書いています。信用しないでください。
それにしても、「百年に一度」や「未曾有」など米国発の金融崩壊に名称をつけた挙句に巻き込まれたと言いながら、在庫調整と人材調整を果たした日本の大企業は、正規従業員の賃金まで「ワークシェアリング」などとまやかしの言葉を持ち込んで解決しようとしています。
ここまで、よくが深く面の皮があつい、経営陣は集まったものであると関心させられてしまいます。
ちょこちょこと何かの拍子に出てくる言葉が「地産地消」なのですが、私の直感では「まやかしでしかありません。」
『地産地消(ちさんちしょう)は、地域生産地域消費(ちいきせいさん・ちいきしょうひ)の略語で、地域で生産された農産物や水産物をその地域で消費することである。(ウィキペディア:Wikipedia)』
最近では、地元のケーキ屋さんやパン屋さんの店先を映して、「地産地消」なんてニュース報道や経済番組で取り上げているようですが、そんなクローズ(地域的)な経済が成立することは有り得ないのです。本来の形であるお百姓さんが、「地産地消」に組み込まれようとしていますが、それも無理です。
もし生産能力がそ地域の消費を下回れば、何処かから移入しなければなりませんし、上回れば何処かへ移出しなければ腐って捨てるだけになります。
なんとも釣り合いの悪いことですし、都市圏では地産地消というのは、基本的に不可能なのですから、移出を前提に生産計画を立案しているのです。
最近言われているのはそのうちに一部を、生産地域でも消費しようということではないでしょうか。
あやふやな記憶なのですが、瀬戸内海の漁村では「蛸」を食べてはいけない決まりになっていて、食べると村から追放される決まりがあったという話を聞いたことがあります。「蛸」はその村の商品であり、消費するものではなかったからです。「地産地消」をしてしまうと、「対価」を得ることが出来なくなってしまうので、消費を禁止したという話です。
明治以降の工業化が進む過程で、生産に携わるものはその商品の顧客になることが出来ないほど貧しかったのですが、これが韓国から東南アジアを経て中国やベトナムと賃金が低いということで生産地域として焦点の当たっている地域なのですが、結果的に賃金が上昇するので、更に低い地域を探して移動しているだけです。
このような経済ではまったく進歩がありません。賃金が高くなったと言っては製造業が全滅するのでは経済が成立しているとは言えないのではないでしょうか。
一時は「付加価値論議」が盛んに行われましたが、結局は、賃金を抑えている間は、経済発展は伴いません。賃金が伸びずに、商品価格が安くなるというのは誤りの経済学であると思います。
そういう意味では、「持ち家制度」も大きな誤りがあるのですが、別の機会に私の意見を紹介します。
とにかく結論としては、「地産地消」なんて、人の興味を惹きつけるキーワードやコマーシャルのコピーワードとして利用されているだけで、自由に羊皮地に移動するということが前提で生産を行う必要があります。
人件費が高くて、釣り合いが取れないような説明がよくありますが、夏にスイカを500円程度で手に入れられなくなっていることを考えてみるといくら高くなっているかが理解できると思います。
ところが、家族が少なくなって、我が家なんかほとんど夫婦で一玉のスイカを買っても消費できないのです。だから、スイカはきっとサイズをメロンくらいにしなければならないのに、利益が上がるのでしょうか。大玉ばかりを作っているだけではないでしょうか。
ハンドボールくらいの大きさで良いのではなんて思います。
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