(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【Edit:2009年02月27日】

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和歌山カレー毒物事件が最高裁で弁論


最近は、「人を殺して見たかった。」や「誰でも良かった。」などと殺された側に立つと「なんで」という犯行が多発しており、非常に残念至極な事態が発生しています。

自白に頼った捜査で「冤罪」がなくならないのですが、私には「和歌山カレー毒物事件」に対する判決が「死刑」であることには納得がいかないのですがどうなのでしょうか。

このような、「情況証拠」を並べ立てただけで、本人が否認しているにも関わらず、「死刑」判決がでてしまうと、もし「冤罪」であったとするならば犯人に祭り上げられたら終わりということでしょうか。

私には実際のところも解りませんし、林被告が本当に犯人であるとするならば、「情況証拠ではない証拠」を出さなければ死刑判決は不当であると思いますし、「有罪」であることすら納得がいきません。

判例を踏襲するのが通例の日本の裁判なのですが、永山裁判で四名を殺害したので「死刑」などと理由にならない理由が死刑判決を縛って来ましたが、最近の被害者側の声や世論の傾向を見て「死刑判決」が増加しているようですが、被害者が一名の場合にはまだ「死刑判決」には道は遠いようです。

それにしても、交通事故の場合は「過失致死」ということで、比較的軽い判決が出ていましたが、最近の「飲酒ひき逃げ事故」の増大で更に重罪を課する方向性が出てきているようです。

最近の事件や交通事故被害者を引きづったり、放置したりと目に余るものがあり、重罰化も仕方がないと考えてしまうのですが、個人的には、「和歌山カレー毒物事件」に対して、一審、二審とも死刑判決と言うのが納得できません。

やはり「疑わしきは罰せず」の還俗を貫いて貰わないと、たまたまそこに居ただけの人が「死刑」判決を受けることも有り得るからです。

被害者の気持ちは理解できますが、情況証拠で犯人にでっち上げられたのではたまったものではありません。

京都の女子高校生殺害でも、疑わしいと男性が取り調べられていますが、決定的な証拠がないのでしょうか。時たま報道されますが、動きがあったという報道がありません。

これは、当然のことであると思います。

それなのに、何故、「和歌山カレー毒物事件」に対して死刑判決が出て、マスコミも批判をしないのでしょうか。個人的な感情は別にしてきちんと「言うべきは言う」という姿勢を貫けないマスコミは信用なりません。

先日の中川財務大臣の飲酒会見でも、日本の報道関係できちんと報道できた会社は一社もありません。

様々な報道会社がありますが、「右へ習え」の横並びでは、全滅する可能性の方が高いと思います。

テレビに新聞に雑誌と内容のない報道が続くと、今回のような「情況証拠で死刑」なんて背筋の凍るような判決が出ても、国民の大多数が何とも思わない社会になっていってしまうのでしょうか。

私は、林被告が真犯人であったとしても、情況証拠での「死刑判決」には反対です。

 


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