(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【Edit:200x年xx月07日】
城東区今福南にある額には今福行者尊と墨書きされています。玉垣には大聖不動明王、高祖神大変大菩薩と赤字で墨入れされています。
この辺りでは神社よりも、大峰山へのお詣りの方が盛んなのでしょうか。
同じ城東区の蒲生に鎮座する若宮八幡大神宮(わかみやはちまんだいじんぐう)(西向き八幡さん)の側にも不動明王がありました。
それにしても、隣接する皇大神宮(こうたいじんぐう)といい、なんとなく雰囲気のある場所です。
この辺は河内が海であったときから地面であったのでしょうか。それにしては、周囲は川が多いのですが歴史がある土地になっているのでしょうか。
隣接する皇大神宮(こうたいじんぐう)の由緒書きではこの辺は高い土地であったような書き方をしていますが、私は川の堤防から降って来たと思うのですがどうなのでしょう。
紀元前には上町大地の東側は河内湾で、上町大地から砂洲が北へ伸びて、河内湾に流れ込む淀川と大和川により淡水化して河内湖になり、最後に深野池と新開池の最も深い部分を残し平野が発達する。その後、大和川の付け替えで新田開発が盛んになり現在の大阪平野(河内平野)ができたと説明されています。
寝屋川の南岸には東大阪市の私の居住地付近の新喜多と同じ地名があり、同じように開発された新喜多新田の一部であると重いますので、なかなか判断の難しい所です。
正面右側には、石が盗まれないようにうまく四本の柱で囲ってあります。
『なで石
心の持ちようで、
なでると軽くなり、
たたくと重くなる。
南無神変大菩薩』
と銅板に彫ってあります。
私は単純で暗示にかかりやすいのでしょうか、なでると軽く感じて、叩くと重く感じました。
おもしろい石です。
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