(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【Edit:2008年10月19日】
大東市中垣内に鎮座する須波摩神社(すはまじんじゃ)です。神社の由緒書きには、「須波麻神社」となっています。
『須波麻神社
祭神は大国主命、いい伝えでは当社の祭祀は出雲大社と同体で、古くは十月七日に大祭をしていたという。現在の社殿は明治三十六年(1903)に建立されたもので、拝殿の後ろの本殿は春日造りの様式である。
平安時代の「延喜式」「神名帳」に記載されている式内社で、本市では唯一のもの。旧讃良郡六座のうちの一座で、古くは讃良郡から若江郡に至るまで、数十ケ村の付属郷社になった。また明治四十年九月には神社の合併で大谷神社(寺川)、龍間神社(龍間)、座摩神社(深野南)の三社が合祀されることもあった。現在は中垣内村の産土神である。
境内には合計十一基の燈籠があるが、拝殿の前のものは延喜二乙丑(1745)、九月に寄進されたものである。なお境内入口のおかげ燈籠は文政十三年(1830)十二月は道標を兼ねたもので近くの東高野街道筋から移されたものである。
大東市教育委員会
中垣内自治会』
鳥居の額は「須波摩神社」になっています。
何回も書いているのですが、市が異なると神社の雰囲気がかなり違うような気がします。東大阪市の神社の多さと比較すると市の面積は東大阪市の半分位なのでしょうが、そもそも、大和川付け替えまでは新開池と深野池に当たるためもあるのでしょうか。要するに土地ではなかったためでしょうか、ほとんどの神社が山麓にあります。
楽しかったのは絵馬殿なのでしょうか。絵馬や写真が飾ってあります。
髷は結っていないのですが、全員が菅傘を持って移っている写真などが飾られています。これこそ私の大好きな庶民の歴史です。
それにしても、この「おかげ燈籠」は少しデザインが斬新です。
大谷神社(おおたにじんじゃ)の「おかげ燈籠」も斬新なデザインで道標を兼ねていました、どちらが先かは知りませんが、近隣ですので良いアイデアであると思ったのでしょう。
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