(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【Edit:2008年10月18日】

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東大阪市善根寺町 春日神社


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東大阪市善根寺町に鎮座する春日神社(かすがじんじゃ)です。

大阪府神社庁の一覧にある神社はこれで終了です。なんと神社の多い市なのでしょうか。

『春日神社

善根寺の旧村社で、天児屋根命、比売神、武○槌命、経津主命を祭神としています。明治五年に枚岡神社に合祀されましたが、同十四年に復社しました。

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社伝によると、枚岡神社の分霊を大和の春日に遷座するのに供奉した二十五人が河内に立ち帰り、この地に春日四神を勧請したのがはじまりと伝えます。この春日二十五人衆が春日神社の屋根葺替などに奉仕し、宮座へと発展しました。社殿の南脇にある承応三年(1654)の石燈籠の竿に刻まれた「檜皮御座」によっても、その歴史が知られます。

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宮座の行事として十月十五日に「おだいつ祭り」が行われ、これに先立つ十月一日に造酒神事が行われてきました。共に古くから伝わる貴重な民族行事です。

また、本社拝殿正面に掲げられた「春日社」の刻字額は、江戸時代に梵学研究と仏教の復興に尽くした慈雲尊者(1718-1804)の筆により、寛正六年(1794)に寄進されたものです。この学の裏面の刻銘に見える「東光院」は、もと宮寺として明治のはじめまで境内に存在した真言宗の寺です。

平成17年二月 東大阪市』

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黒い石板に由緒書きがあります。

『春日神社

当社は善根寺の氏神で天児屋根命と比売大神の春日神をまつり宮座がある。

社殿の南脇にある承応三年(1654)の石燈篭には「檜皮御座」の文字があり、春日神社若宮の屋根葺に奉仕する人々によって村がつくられ、本社が祭られたことが知られる。

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例年十月十五、六日に行われて来た「おだいつ祭」は重要な行事で、これに先立つ十月一日から始められる造酒神事も古刹を伝える民族行事の一つである。

東大阪市

東大阪市観光協会』

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祭りについての説明書きがありました。

『春日神社おだいつまつり

春日神社の秋祭りは「おだいつまつり」とも呼ばれ、酒づくりを伴うめずらしい行事で市の指定文化財となっています。境内には造酒殿があり、酒づくりの用具が納められています。十月に入ると当人が裏山にある「瀧の口」に行って清水を汲み、昔は宮田から出来た米を蒸し、その上に榊の葉を灰にしたものを上に撒いて発酵させたものを酵母にして酒づくりをしたと伝えています。十五日には氏子の人々にこのお酒が配られています。

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この酒造りは、現代では酒造法に基づいて作られていますが、江戸時代の安永六年「善根寺村様子明細帳」には三斗三升と記されています。この祭りは、春日講と呼ばれる講の人々によって執行されていました。この人たちは二十五人衆とも呼ばれ「神護景雲二年枚岡明神分霊の大和の春日に遷宮ありしとき、奉仕者供奉して彼の地に移りしも、後故ありて二十五人は河内に帰り、山中の一小寺たる善根寺の傍らに住せいしより……」この人たちが善根寺に住みはじめたのが起こりであるとしています。また最近まで五月十五日の春日講の日には鹿曼荼羅の軸を掛けて集まっていました。そして、この人たちが「おだいつまつり」の中心的な存在でまつりをとり行ってきましたが、おまつりが氏子全員のものになってからでも長く酒造りの行事だけは春日講の人たちでつづけられていました。

昭和六十二年四月 孔舎衛(くさか)農業共同組合

東大阪市教育委員会』

この神社は狛犬の他に「鹿」や「牛」と「岩」があります。

「神武天皇 御東征 孔舎衛坂 古戦場」と刻まれた石碑と「日本最初春日神社」の額があります。

それにしても拝殿は大きくて山地なので境内から落ちないと正面から撮影できません。

山麓で坂が多いのにだんじりがあるのに驚いてしまいました。

 


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