(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【Edit:2008年10月08日】
東大阪市中野に鎮座する日吉神社(ひよしじんじゃ)です。河内街道沿いにある神社です。
『日吉神社は、江戸時代以前には現在の高倉墓地のところにあったと伝えられ、もと大山咋命(おおやまくいのみこと)を祀っています。安産の御守札を出していて、村中で難産する人はなかったということです。』
この神社は六郷神社(ろくごうじんじゃ)の説明書きによると、祭神は大山昨命ということなのですが、綺麗な神社です。
神社の境内地はそんなに広くないのですがよく整備されていますし、手入れも行き届いています。感心してしまうのですがどの神社も掃除が行き届いていて素晴らしいと思います。
東大阪市の「東大阪市文化財ガイドブック」によると、
『神社の西側の道が旧河内街道です。神社は、江戸時代以前には、高倉墓地のところにあったと伝えられ、もと山王権現といって、大山昨命を祀っています。安産の御札御礼を出していて、村中で難産する人はいなかったということです。神社の西側の家は元村長、六郷吟社を主催した西村宗逸氏の旧宅です。』
と説明されています。
また、西村宗逸氏の旧宅の西側には、「西村家の高札」や「六郷吟社句碑」が道沿いにあります。
「西村家の高札」は、「東大阪市文化財ガイドブック」によると、
『江戸時代、中野村の庄屋をつとめた家です。現在、九面の高札や、役人を送迎する提灯も残されています。高札とは、室町時代以降、明治時代初期にいたるまで、規則、命令を草書書かなまじり文で墨書きし、町の辻や、村の中心部に高く掲示した板札のことです。』
「六郷吟社句碑」は、「東大阪市文化財ガイドブック」によると、
『六郷社は、中野村の西村宗逸が名付けた俳句会で、明治七年創始、七十余年活躍しました。燈篭句碑は明治四十四年(1911)、西六郷村の村長であった同氏が藍綬褒章を受賞したことを記念して、村民が○徳碑を建てたもので、その西面に六郷社中によって、「来る年の尚いつまでか生の松」という句が刻まれています。』
なんとなく、通っていた道に結構興味深い歴史が隠れていました。
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