(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【Edit:2008年10月04日】
東大阪市瓢箪山町に鎮座する瓢箪山稲荷神社(ひょうたんやまいなりじんじゃ)です。
この神社は近鉄奈良線瓢箪山駅東側の東荒野街道商店街を南へ行きアーケードの切れた地点に参道の鳥居があります。私が子供の頃には東高野街道の西側に三角点があったのですがそれもなくなってしまいました。
瓢箪山稲荷神社に来るのは久しぶりです。
『瓢箪山稲荷神社
由緒
日本三稲荷の一。辻占総本社 創建は豊臣秀吉が大阪城築城に当り巽の方三里の地に鎮守神として伏見桃山城から「ふくべ稲荷」を勧請したるを由緒とする。
江戸時代より門前の東高野街道沿いにおいて「辻占い」の風習があり、明治初年宮司山畑阿良美が「辻占」を創始するに及び淡路島かよふ千鳥の河内ひょうたん山恋の辻占として全国津々浦々に知られている。今の本殿は慶応二年に建てられた。
社をまつる小丘はこの地一帯にある山端古墳群の中でも最大に属する六世紀末古墳時代後期の双円墳であり、瓢箪山と称する由来である。
東大阪市
東大阪市観光協会』
『瓢箪山古墳(山畑五十二号墳)
鬼塚と大塚からなる双円墳で瓢箪の形に似ているところから瓢箪山と称する由縁である。これより東、山手側に展開する山畑古墳群(約六十余基)の西端に存し、最古最大の古墳である。
墳丘の南北の主軸の長さは50m、高さ4mで本殿に向かって右側を鬼束、左側を大塚という。大塚の横穴式石室の玄室は幅2m、長さ3m、羨道は幅4m、長さ5mで後期古墳時代、前期(六世紀)の古墳である。この大塚は狐塚と呼ばれるように以前に神狐が住まわれていた。鬼塚の南端には羨道入口の天井石が露出している。
寄贈 東大阪ライオンズクラブ』
「辻占判断説明」という板書きもありますが、残念ながら文字の判別ができません。また、瓢箪山に用事で行ったときに確認して加筆することとします。
古墳に神社があるので、もっと古くからあると思っていたのですが、豊臣秀吉の時代だったのですね。
今日は、鬼塚から東へ向いて山麓を上がって、東大阪郷土博物館まで上がってみます。
説明書きにあるように山畑古墳群が数多く見られます。
東大阪郷土博物館は、枚岡神社(ひらおかじんじゃ)のある枚岡駅から行くと登らずに済むのですが、今日は久しぶりに登ってみることにします。
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