(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【Edit:2008年08月20日】
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「三島椿神社」から50m程北にある六郷井路沿いを鴻池新田内にある「産土神社」に詣り、せっかくなので鴻池新田会所を覗きに行くことにしました。
東大阪市の北部にある鴻池新田会所は、寝屋川と昔の新開地を鴻池家が資金を出して開発した新田で、中之島辺りに本宅のあった鴻池の水運に川が利用された経緯とそれぞれの管理機能を持った役所のような場所で、本社ビルとでも言うような機能も持ち合わせていました。
私が新婚時代にこの近くの新庄という地に居を構えていましたが、中へ入ったのは今回が初めてです。あまりの暑さに日曜日であるのに他に1名しか観覧客がいなくて、まったく貸切の状態でした。
修復工事が終了しているので、本当に素晴らしい環境であるのですが、良く考えると東大阪市の学校からの見学もなく、教育委員会というか、東大阪市の教育関係者は何を考えているのだろうかと考えさせられてしまいます。
JR学研都市線の鴻池駅の南側にこんもりと樹木の茂った場所が鴻池新田会所で、東は古箕輪八幡宮あたりまであり、五箇井路と六郷井路という水路に囲まれ、西は徳庵橋辺りまでの東西3.5km南北は約1km弱の幅で埋め立てて約200haの新田を開発しています。
「産土神社」の「産土」とは、新田開発に必要な土を産出するように祈念したということでしょう。
会所の周囲には堀があり、入って直ぐの東南の角には、「朝日社」と命名されている神社が配置されています。
『朝日社は、宝永二年(1705)に天照大神を勧請し、神明宮を造営したのがおこりです。江戸時代後期頃には末社の開祖神社が創建され、新田開発者である三代目鴻池善右衛門も祀られました。両社は明治19年(1886)に合祀され、後に朝日社と改称されました
新田開発後300年を迎えて本殿が解体修理され、平成17年(2005)3月に竣工し、明治19年の状態に整備されました。』
中に入れないのは残念なのですが、なかなか風情のある社が建っています。入り口から見ると壁が見えるだけなので興味のある人以外は近づかないかも知れませんが、中に見える建物等はしっとりとした素晴らしいものです。
引き続き紹介していきます。
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