(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【Edit:2008年08月07日】
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若江鏡神社の側に十三街道と彫った道標がありました。ここも十三街道だったのですね。若江城跡も北へ500mも離れていませんので若江の大切な場所であったのでしょう。
若江地蔵尊からは本当に直ぐにつきます。前はもっと木があったような気がしますが駐車場ができてさっぱりしています。隣の「日蓮宗 身延山 蓮城寺」は記憶にないのですが、この前の道まで精一杯せり出していたような記憶があるのですが大きく変わっています。
見せ物になってしまった岸和田のだんじり祭りが有名ですが、ここの若江鏡神社のだんじりはけが人や死人が出て何度も警察から曳行を禁止されていると地元の友人に聞いたことがありますが、見たわけではありませんし、新聞でそのようなニュースがあったという記憶もありませんので真偽のほどは定かではありませんが、賑やかなだんじり祭りであることだけは確かです。
境内は結構奥行きがあり、木陰は樹木が茂っているのですずしい場所です。
『市指定有形文化財 若江鏡神社本殿』
若江鏡神社は、平安時代の記録「延喜式」にのせられている古社のひとつで、大雷大神・足仲彦命・息長足姫命の三神を祀っています。
創建の年月は不明ですが、「文徳実録」の斉衡元年(854)の4月の条には、すでに「授河内国大雷火明命従五位下」と記され、当社が従五位の社格を賜ったことがわかります。
「河内国内神名帳」には、従三位と記載され、若江城の時代に畠山氏が大いに崇敬したといわれています。
本殿の奥にある「鏡塚」は、鎌倉時代の石塔の一部が残されており、「神功皇后が三韓より凱旋のとき、鏡を埋めた所」と伝えています。
本殿は、銅板葺き三間社流造りですが、実際は一問社流造りの社殿と二棟をつないだもので、中の間は板壁で囲まれた相殿となり、御神体は祀られていません。
建物は、文政十一年(1828)に再建されたもので、社殿にかけられていた「斗帳」二帳とともに、貴重な江戸時代の社殿建築として、昭和49年3月25日に市の有形文化財に指定されています。
また、当社には元禄十一年(1699)、雨乞いのために奉納された「大般若経600巻」が残されていて、同じく市の文化財に指定されています。
平成6年12月 東大阪市』
古い神社があるとその周囲には歴史があります。本当の勉強とはこのようなことを確実に理解して人々の営みを理解していくことなのでしょう。ショッピングセンターやテーマパークに行くのも良いのですが、たまには子供を連れてくることも大切な教育ですね。
神社には楽しい祭りもありますが歴史もあります。西郡天神社(西郡廃寺跡)から八尾街道(十三街道)を北へ来て正解でした。
関連ページ(東大阪市内の神社)