(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【Edit:2008年07月24日】
東京都八王子市の京王八王子駅ビルで2008年7月22日夜に、包丁で斉木愛(まな)さん(22)を包丁で刺し殺した菅野昭一容疑者(33)は、秋葉原で加藤智大容疑者(25)と同様の内容の供述をしていると報道されています。
「誰でも良かった」では、殺された人の人格も何も存在しません。ひとりの人間の人生に終止符をうった人間からこのような言葉が出たら、立つ瀬がありませんね。しかし、このような犯罪は増加する傾向はあっても減少する気配はありません。
菅野昭一容疑者(33)も親が相談にのってくれなかったとか、好き勝手な事を供述していると報道されていますが、33歳もなった人間に親が相談に乗らないとか言う話は成立しないはずです。聖人に達した後は自らの行動に責任を持つから成人なのですよね。
血縁関係での親子ではあっても、成人すればそれぞれが責任を持って生きていくことが本来の姿ですね。
私はもし、この様な人から「誰でも良いからお前を殺す」と言われたら、「誰でも良かったら別の人にして」と言うかもしれません。いや、言うでしょう。
誰でも良いというのは、迷惑な話ではなく、犯人達が自分の正当性を少しでも残そうとしているということなのでしょうか。
自分のことしか考えない人間が「鬱病(うつびょう)」にハマっていくように、このような犯人達も、自害する前に、他人を傷つける事によって、自己の存在を確認しているのでしょうか。有名になるとも供述しているようです。
残念なのですが、有名には成りません。被害者の方が有名に成ります。少々の人生に良く内面があろうとも、日本人はこのような事件の被害者は必ず「良い人」を演出しようとします。不思議なのですが、自殺であったとしても悪次までも地獄に持っていくかのように扱います。増して殺された人は天国(極楽・浄土)へ幾前に全ての悪行を洗い流されます。
風習や習慣からくる潜在的な日本人の思想なのでしょうが、自殺者が犯罪等にからんでいる場合は、後にも害が残っていますので、自殺の場合はきちんと後始末する方向へ変革するべきでしょう。松岡農水相の自殺は緑資源機構の問題を覆い隠してしまいました。
国会は自殺は別にしても追求する事も止めてしまいました。これでは何の問題解決にも成りません。
このような犯罪者についてもきちんと追求して反省させなければ、同様の犯罪を起こす者は後を経たないでしょう。「親が相談にのってくれなかった。」「親は相談されていない」といいます。これって本人の問題でしょう。
33歳にもなっていれば、苦しくても自ら解決していかなければなりません。報道も安易に親を追いかけるなと言いたくなりますし、近隣の人も無責任な発言を報道のインタビューにするなと言いたくなりますよね。
イギリスでは、このような事件が発生すれば町は報道関係者をシャットアウトするようです。私もそう思います。報道関係者といえども、関係のない近隣の人々の生活を破壊するようなことはしてはいけませんね。
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