(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【Edit:2008年05月01日、10月02日】
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東大阪市新家に鎮座する菅原神社(すがわらじんじゃ)は、暗越奈良街道の北側にあります。
新家と菅原神社とういうことで説明書きがあります。
『新家は新しく開かれた村という意味で、全国各地に同様の地名があります。本市の新家は、規矩(きく)氏によって開かれたと伝えられています。規矩氏は、戦国時代に栄えた和歌山の根来寺に属する武士集団の一員でした。当時、全国統一を望む織田信長と敵対し、天正13年(1585)羽柴秀吉による紀州攻めにあい、根来寺は消失し、人々は各地に離散しました。
その後、天和2年(1616)規矩九右衛門と弟の新三郎がこの地を開拓し、村をつくりました。当時の村高は周辺の村と比べて少なく236石と記録に残されています。
4代目の庄左衛門は幕府御用を勤める商人で、菱屋(ひしや)と称していました。宝永元年(1704)大和川が付け替えられると、その子岩之助と新田の開発に参画し、合計約68町余の菱谷西・中・東の三新田を開発しました。
暗越奈良街道の北側に沿う家並みの背後にある氏神の菅原神社は、字砂開の地にあり、菅原道真公を祀っています。神社の石の鳥居には「元禄戌寅十一年九月吉日願主菱屋庄左衛門…」の文字が認められ、新田開発者の庄左衛門が寄進したものであることがわかります。
平成18年3月
東大阪市』
この神社とこの村に菅原道真公が祀られている理由が解りませんが、私の家も暗越奈良街道沿いにありますので、時々、かなりの集団が歩いています。この辺の神社には、ご神木としての大きな木があります。この神社も同様に楠の新緑が綺麗な神社です。菱屋という地名の、菱屋西、菱屋中、菱屋東の場所が離れており、それぞれが川沿いに開発されたのでしょう。細長い地域にこの地名がついています。先日行った、浄土宗の延命寺は菱屋西の長瀬川沿いにあります。
『概説
祭神 菅原道真公(845-903)平安時代の政治家、学者、是善の子で代々学者の家柄であり、文学博士蔵人頭参議を歴任する。宇多天皇の信任を受け蔵人頭から右大臣まで昇進した。
寛平6年(894)遣唐使に任せられるが、その廃止を建議して、入れられ醍醐天皇に一層重用されるに及んで藤原氏のねたみを受け、延喜元年(901)左大臣藤原時平讒言により太宰権師に左遷され配所で59歳にて没。
菅原道真は文詩に「菅家文草」や「菅家後集」がある。書家としてもすぐれ弘法大師、小野道風とともに書の三聖と称され学問の神、天満天神としてあがめられている。』
これでも、なぜここに菅原道真公が祀られているのか解りませんね。次はもう少し西にある天神社に向かうことにします。
関連ページ(東大阪市内の神社)