(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【Edit:2008年05月01日】
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近鉄大阪線の長瀬駅と弥刀駅の間にある東大阪市近江堂に鎮座する彌刀神社(弥刀神社)です。
彌刀神社(弥刀神社)は、『若江郡に属し、近江堂字山の上に鎮座する当社も、神名帳の記載からすれば、弘仁式となり、官幣小社であった。
祭神は、速秋津日子神、速秋津比売神と言われている。
本地域も嘗ては等高線5m内外で囲まれた一大港湾にのぞむ大きな水戸、すなわち海に入り込んだ地帯、あるいは河口であったところから、大水戸と呼ばれ、それが「おおみと」と転じ、さらに訛って近江堂と呼称されるようになったのであろう。
ところで古代では水の流れの速いところで祓いを行ったから、やがてはその「速やかに明るく」という語が、交通の要地であった本地域に祭る水戸の神の名「速秋津比子神」「速秋津比売神」(秋は明の借字)にもなったものと考えられる。
当社創建の年代は明らかでない。伝えるところによれば、由緒となるべき建物、器物などは、天平宝宇6年(762)6月長瀬川(旧大和川)の堤が決壊した際、字切所、切下、切の浦からの激流のために流失したという。
東大阪市教育委員会
式内 彌刀神社奉賛会』
ところで、この彌刀神社本殿には横に別の門があって「八坂神社」とかかれていました。神殿も彌刀神社の神殿と八坂神社の神殿が接続したような形でたっているように見えました。
説明書きがありましたので紹介しておきます。
『有形文化財
弥刀神社摂社
八坂神社本殿
弥刀神社の境内摂社八坂神社の本殿素盞嗚尊を祀る。
一間社春日造桧皮葺の社殿である。
建立年代は不明であるが、斗キョウ、虹梁主屋木鼻の渦、若葉等の細部に江戸時代中期の特徴を示している。
損傷が激しかったため、氏子の発起により解体修理を行って当初の姿に復することになり、昭和46年(1971)12月竣工した。
昭和43年10月29日
東大阪市文化財保護規則により指定
東大阪市教育委員会』
近鉄大阪線の踏切を渡って真っ直ぐに進んだ所に鳥居があり、その奥に本殿が直線的になっています。この辺の神社の楠は結構立派な楠が多く、新緑が眼に映えて素晴らしい天気でしたが、4月30日であるにも関わらず、大阪は28度を越える気温で暑かったのですが、鳥取砂丘は30度を越えたと天気予報で言っていました。
関連ページ(東大阪市内の神社)