(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【Edit:2008年04月28日】
先日開通したJRおおさか東線にもJR長瀬駅ができましたが、近鉄大阪線にも近畿大学の玄関口として長瀬駅があります。
長瀬神社は、近鉄大阪線とJRおおさか東線の長瀬駅から殆ど等距離の地点にあります。私の子供の頃はこの神社が地元の神社でしたが、この神社に参った記憶はありません。むしろ、布施戎や都留彌神社や鴨高田神社の方が距離が近かったので祭りでもそちら行った記憶しかありません。
2008年4月27日は、本当に気候の良い日で御神木の新緑が眼に鮮やかでした。この日は、初参りの方が多かったので、かわいらしい赤ちゃんの額に大きく育つようにと「大」と朱文字を入れてあるのが陽光に照らされて、眩しそうな表情の赤ちゃんが印象的でした。
さて、長瀬神社は、『当神社の氏地である旧長瀨村は、明治22年の町村制施工に際して、現在の大蓮、衣摺、柏田、渋川町、寿町、長瀬町、俊徳町、横沼、吉松、金岡を併合し一村としたものです。
従来の村々には、各鎮守神を奉斎し、長瀨村成立後も従来のままでありましたが、明治41年現在の社地に、各大字の8神社の御神霊を合祀して長瀨神社として創建されました。
境内の地は長瀨村の中央東部、旧大和川沿岸の丘陵地で、地勢高燥で、神社境内には楠、松、杉等老樹鬱葱としておりました。斯くして長瀨村守護の産土神として永久に鎮座まします事となりました。
合祀された旧八神社の御社記、御縁起等は、古来から各部落の当屋或は庄屋が保管したり、又は宮寺として僧徒の管理するものなどいろいろでありましたが、その間いつしか破毀散逸して、今日文書の記すべきものはなく、従って合祀各神社の創立の年代・由緒等は不祥であります。
合祀された神社の中の1社(波牟古曽神社)は、式内社でありました。』
鳥居の外にはだんじりの倉庫がありました。私の育った横沼町のだんじりはここへ宮入したそうですが、こどものころは町内を曳航するだけで、神社の宮入をしたことはありませんので長瀬神社へ来たことはなかったのですね。
本殿ご祭神
境内末社とご祭神
どこの神社に行っても合祀の関係でしょうか。数多くの神様が祭神として祀られています。多神教である由縁でしょうか。一神教の人にはなかなか理解できにくいでしょうね。
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