(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声【Edit:2007年12月25日】

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日本のメリークリスマス


「クリスマス、おめでとうございます。」私たちカトリック教徒がクリスマスミサで交わす挨拶です。当初は少々違和感がありました。正月も近いことなので、そんなに大きくは無かったのですが、おめでとうなのかという感が強かったからです。

3月から4月にやってくる復活祭の日に、カトリックの洗礼を受けて、みなさんが「おめでとうと声をかけてくれました。」これは、洗礼を受けたことを喜んでくださっているものであると思いましたし感じていましたので素直に「ありがとうございます。」と応対できました。

でもね、この復活祭に信者の皆さんは当然のように「復活祭おめでとうございます。」と挨拶をされます。洗礼を受けた当初はなんとなく違和感がありました。みなさんは当たり前と思っていますし、理由もご存知なんですよね。

俗にキリスト教と呼ばれるカトリックの起源は、イエス・キリストの復活が継起なんですよね。そうイエス・キリストが磔刑後に生き返った、復活したことで彼が神の分身であったということが定義だと理解すれば良いのでしょうか。聖書にも沢山の場面が出てきます。

最近巷で良く使われる「三位一体(さんみいったい)」という言葉の三位とは「父」と「子」と「精霊」です。この「子」がイエス・キリストであるということです。政治の世界で多用していましたが、もっと尊いものであることを理解して使って欲しい言葉ですね。

いずれにしても私たちに取って「クリスマス」は、ホテルを予約して、高級レストランで彼女と語らう日ではありません。十字架に架けられて、復活により神となった、イエス・キリストが、誕生した日であるということを感謝して祈る日なのです。

そもそも、ローマにカトリックが移動したときにローマで古くから祝われていた「真実の口(しんじつのくち、伊:Bocca della Verità(ボッカ・デラ・ベリタ))」そう、手を口に入れると、偽りの心がある者はその手首を切り落とされる、あるいは手が抜けなくなるという伝説のあるローマにある石の彫刻です。これの祝日が12月24日で、そのまま、イエス・キリストの聖誕祭に変化したというのが定説となっています。

商業的に利用するのも良いとは思いますが、一度、教会でミサに参加してみれば考え方も変わるかもしれません。

そもそも、信仰は個人のものであり、俗に言われる「家の宗教」なんてナンセンスですし、いかに信じるものであるというのが個人であることであり家族全員が同じ宗教(信仰)になるというのは、子供の時から家族で教会やモスクに通っているかだけの話であると思います。

現実に我が家では、父の死後カトリック教徒ばかりの家に仏壇があり、真宗大谷派の寺院から月参りを受け入れています。父の宗教(信仰)ですから、ミサで父を忍ぶのも普通ではないと思うからだけの話です。信仰は生き方の基本となりますし、オカルト集団とは一線を画しています。

冒涜にならないように気をつけましょう。宗教音痴で命を落とす人もいないわけではありません。クリスマスは、神の子であるイエス・キリストの生誕を心から祝う日名んですよね。プレゼントは子供に夢を送るために大切かも知れませんね。