(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声【Edit:2007年12月06日】

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クリスマスイルミネーション


最近はクリスマス前に自宅前等をイルミネーションで飾り付けをする家が多くなっていますね。大阪樟松蔭女子大学の小阪キャンパスの近畿日本鉄道奈良線に向かい合った校舎の4階の窓も生徒の手によって飾り付けられています。

カトリック教徒の私たちは余りこのような飾り付けを行いませんが、プロテスタントの国であるアメリカ等は自宅を飾り付ける習慣があるようで、ニュースなんかでも報道されていますね。

日本ではクリスマスが宗教的な意義から離れてお祭り扱いをされていますが、神父さまにはイエス・キリストの生誕を祝ってくれているのであればそれも一興のようですね。

ちなみにカトリックでは、「復活祭」の方が重要で大きなお祭りになっています。成人になってから洗礼を受けた私には当初は理解できなかったのですが、「復活祭」には「おめでとうございます。」という挨拶を交わします。

十字架に張り付けなって死んだはずのキリストが復活したことがカトリックの紀元のようになっていますので当然であろうと思います。ちなみに「セントバレンタインデー」は、神父様は知らなかったのが印象的でした。

私の知人がボーイスカウトのオーストラリアで開催された世界ジャンボリーに参加したときに、オーストラリアでのクリスマスを楽しみに行ったのですが、町中の店は閉店し、各家庭で静かにクリスマスを祝っていたので文化的なギャップを感じたと言っていたのが印象的でした。

日本では、まだまだ西洋的なことに劣等感があるのでしょうか、商魂逞しく「ハロウィン」なんかも持ち込んでいますが賑わいのほどは今ひとつのようですね。

そのくせお釈迦様の誕生日である「お水取り」を聞くことが少ないのは若干気になるところです。初詣に多数の人が出かけるのは宗教的な意味合いが大きいのでしょうか。一年の「無病息災」を神頼みしに行くだけなのでしょうか。もっと生活の中に宗教的な基板というか、信仰をきちんと持ち込むことが子育てにも重要であるような気がします。

クリスマスのイルミネーションは電気代の浪費かも知れませんが、宗教的なことの重要性を感じるのであればそれはそれで意味のあることかもしれません。私には、一般的には「懺悔(ざんげ、仏教用語ではさんげ)」として認知されている「告解(こっかい)」の方が重要であると思えてならないのですが。

「告解(こっかい)」は映画等で小さな部屋に入って、隣の部屋にいる「聖職者」に対して数々の自分の犯した罪を話すことにより、罪から解かれるということで、カトリックでは非常に重要な儀式になっています。その昔に、私の息子が家中の貯金箱からお金を抜き出して使ってしまった時の「告解(こっかい)」のことは忘れられません。

本人は正直に「お金を使ってしまったことを申し立てた。」のですが、神父様に「他にはありませんか。」と問われて、「えーっと、えーと。」と考えていたら、神父様から「ほら思い出せないほど罪を犯していますね。」と言われて、自発的に半年ほど家中を掃除していました。

親として叱りつけることは必要なかったことを思い出します。これは仏教であれ、神道であれ宗教的な教えに基づいた子育てが親を助けてくれるような気がします。クリスマスのイルミネーションもその入口であるとすれば非常に重要な側面を持つような気がします。

子育てに神様や仏様の恩恵を受けたいのであれば、小学校2年生ぐらいまでに寺での法話やキリスト教のミサに子供を連れていくのも悪い事ではないと思うのですが、一度、訪問されてはいかがでしょうか。サンタクロースがくるまえに行っておくことが重要ですね。

 




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