(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2022年02月06日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


xHOTZONE Go to xDataBase viewhalloo Tips p2pzigzag p2pzigzag hrkz p2pzigzag Go to Home evtcal reporter2

桜井市金屋 仏教伝来の地


奈良県桜井市金屋にある「仏教伝来の地」です。

様々考え方はあると思うのですが、要するに海柘榴市(つばいち)が仏教伝来の入り口であったということでしょうね。

水運と言いますが、どの程度の大きさの舟かは往古の川と現在の景色は変わっているとは思うのですが、それ程大きな船が大阪湾から此処まで辿り着けたとは考えられませんし、大阪府と奈良県の境には亀の瀬(かめのせ)という地すべりが止まらない場所が渓谷のようになっている難関もあります。

過去の時代の様相も解りません。


仏教伝来の地

ここ泊瀬川畔一帯は、磯城瑞籬宮、磯城嶋金刺宮をはじめ最古の交易の市・海柘榴市(つばいち)などの史跡を残し、「しきしま大和」と呼ばれる古代大和朝廷の中心地でありました。

そしてこの付近は、難波津から大和川を遡行してきた舟運の終着地で、大和朝廷と交渉を持つ国々の使節が発着する都の外港として重要な役割を果たしてきました。

「欽明天皇の十三年冬十月、百済の聖明王は西武姫氏達率怒●斯致契等を遺して釈迦仏金銅像一躯、幡蓋若干、経論若干巻を献る」と日本書記に記された仏教伝来の百済の使節もこの港に上陸し、すぐ南方の磯城嶋金刺宮に向かったとされています。

この場所は、仏教が初めて日本に送られてきた記念すべき地であります。

また「推古天皇十六年、遣隋使小野妹子が隋使裴世清(はいせいせい)を伴って帰国し飛鳥の京に入るとき、飾り馬七十五頭を遺して海柘榴市(つばいち)路上で額田部比羅夫に迎えさせた」と記されているのもこの地でありました。

私たちはこの地の歴史的由緒と、優れた日本文化を生み出す源流となった仏教伝来の文化史的意義を、末永く後世にとどめるため、ここに顕彰碑を建立しました。

平成九年七月吉日

日本文化の源流桜井を展く会

ここより東南約三百メートル(磯城嶋公園内)に磯城嶋金刺宮趾があり、宮趾の碑(保田與重郎書)と仏教公傳碑の文学碑が建てられている。』

※ 境内掲示より


個人的な意見ですが、伝来した仏教は日本では独特な発展を遂げて、仏陀ではなく其々の宗派毎の開祖が現われて、微妙な差異を持った仏教が築き上げられて今に至っているということでしょうか。


関連情報レポートリンク

【桜井市 寺院一覧】

【★】は、参拝は、不可、又は事前連絡要の寺院