(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2022年10月10日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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桜井市金屋 磯城瑞離宮跡〔志貴御縣社・志貴御県坐神社


奈良県桜井市金屋にある「磯城瑞離宮(しきみずがきのみや)跡〔志貴御縣社(しきのみあがたしゃ)志貴御県坐神社(しきのみあがたにざしますじんじゃ)〕」です。

奈良県を廻っていると様々なところで「宮跡」に出会います。

大阪で長年住んでいた私には「難波の宮」や近鉄奈良線の西大寺を過ぎて奈良駅に向かう途中にある「平城宮跡」や大和三山に囲まれた「長岡京跡」など広大な宮跡に驚くのですが、此処のような宮跡は数多くあります。


磯城瑞離宮(しきみずがきのみや)伝承地

磯城瑞離宮(しきみずがきのみや)は、第十代崇神天皇が営んだ宮とされています。

記紀によりますと崇神天皇の時、民が死に絶えてしまうような疫病が発生しました。

これは三輪山の神、大物主大神(おおものぬしのおおかみ)のしたこととお告げを受けた天皇は、神の意に従い神の子孫となる大田田根子(おおたたねこ)を探し出しました。

そして彼に託して三輪山に大物主大神(おおものぬしのおおかみ)をお祀りしたところ祟りが鎮まり疫病がおさまったとされています。

また、東海や北陸、西国、丹波へと四方に将軍を派遣し国内の安泰につとめ、民をよく治めたことから、初めて国を治めた天皇としてたたえられたと記されています。

記紀万景の物語(崇神天皇の条)

   三輪山の神、大物主神

   三輪山神婚伝承(おだまき伝承)

   三輪山の神をお祀りした話

   元伊勢伝承

   箸墓伝承

   四道将軍の派遣

   活日の御酒献上』

※ 境内掲示より



磯城瑞離宮(しきみずがきのみや)

第十代崇神天皇の皇居跡と伝えられています。

神山・三輪山を背後に背負い、歌垣の伝えで名高い海拓榴市を脚下に控えて、大和平野を見渡す高燥の地です。

東へは、泊瀬道、伊勢を経て東国へ。

南へは、磐余道、飛鳥を通じて紀伊方面へ。

北へは、山の辺の道、奈良、京を経て北陸、日本海方面へ。

西へは、大和川の水運を利用して難波・瀬戸内海方面に繋がる交通の要衝です。

古代大和王権、発展の拠点であったとも言える場所です。』

※ 境内掲示より


知識も想像力も乏しい私には往古に思いを馳せることはできません。

勉強すればもっと知り得ることがあるのだろうと思いますが、私のように歴史学者を全く信用していなければどうしようもないという事ですね。

古事記にしても日本書紀や記紀にしても根拠が曖昧過ぎて信用できないのです。

偏った視点の記録では意味無いと思うのですが、考古学者の皆さんはどう説明して下さるのでしょうか。


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