(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2022年07月16日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


xHOTZONE Go to xDataBase viewhalloo Tips p2pzigzag p2pzigzag hrkz p2pzigzag Go to Home evtcal reporter2

桜井市金屋 海柘榴市


奈良県桜井市金屋にある「海柘榴市(つばいち)」です。

山辺の道の大神神社(おおみわじんじゃ)の南部を散策しているのですが、かなりの数の寺社仏閣と史跡があります。

相当以前から人が住続けて場所ですので歴史も相当あるのでしょう。

昔から人の往来の絶えない道だと思います。

大和川を挟んで「仏教伝来の地碑」もあり、交易の中心で人の往来の要衝であったという事でしょう。


海柘榴市(つばいち)

七世紀代、この周辺は「海柘榴市(つばいち)」と呼ばれ、大規模な「(いち)」があったといわれています。

ここでは山辺の道(やまのべのみち)をはじめとするいくつかの古道が交わり、大和川水運の港もありました。

そのため、様々な物産が集まり、物々交換が盛んに行われていたようです。

また、多くの老若男女(ろうにゃくなんにょ)で賑わい、「歌垣(うたがき)」などの行事が催されました。

このように交易の中心であった「海柘榴市(つばいち)」は、都「藤原京(ふじわらきょう)」の玄関でもありました。

遣隋使(けんずいし)として有名な小野妹子が、(ずい)の使者裴世清(はいせいせい)下客(しもべ)十二人を伴って帰国したとき、朝廷では、この地で錺馬(かざりうま)七十五(ひきい)を仕立て盛大に迎えたそうです。

古代の「海柘榴市(つばいち)」は、(ずい)(とう)の文化の花咲く、国際色豊かなまちだったのです。

平安時代になると「海柘榴市(つばいち)」は「伊勢(いせ)(もう)で」「長谷寺(はせでら)(もう)」の宿場町として有名になります。

例えば、紫式部が著した「源氏物語」の玉葛(たまかづら)の巻で登場します。

その他にも清少納言、藤原道綱の母などの多くの文人が訪れたそうです。』

※ 境内掲示より


大和川の水運という事ですが、奈良県の王寺から大阪府の柏原市の間の亀の瀬(かめのせ)付近は地滑り対策工事が延々と継続されているのですが、未だに止まらないようで、渓谷の様相を見せて浅くて現在では舟が行き交う事はほぼ不可能です。

興味深い場所です。