(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2022年03月12日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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桜井市山田 国指定特別 史跡 山田寺跡


奈良県桜井市山田にある「国指定特別 史跡 山田寺(やまだでら)跡」です。

久々に桜井市に来て初訪問の場所を回っているうちに飛鳥方面に進んでいました。

山田寺(やまだでら)跡」という表示を見てやってきました。

歴史の授業は殆ど記憶がなく、このお寺のことなど知る由もありません。


『特別史跡 山田寺(やまだでら)

山田寺(やまだでら)は、右大臣(うだいじん)蘇我倉山田(そがのくらやまだの)石川麻呂(いしかわまろ)が発願した、飛鳥時代を代表する寺院の一つです。

記録によれば、641年に着工し、二年後には金堂(こんどう)が完成したものの、649年に石川麻呂(いしかわまろ)が政争で自殺したため造営は中断しました。

その後、本格的に造営が再開され、676年に塔が完成、685年には、現在興福寺(こうふくじ)に仏頭が残る本尊丈六仏(じょうろくぶつ)開眼供養(かいげんくよう)が行われました。

1976年以降の発掘調査では、東西 118m 、南北 185m の寺域に、南門・中門・塔・金堂・講堂が南北一直線に並び、回廊が塔と金堂を囲む伽藍(がらん)配置であることが明らかになりました。

また、東西回廊が倒壊したままの状態で見つかるなど飛鳥時代の建築様式を知る上で貴重な発見があいつぎました。』

※ 境内掲示より



山田寺(やまだでら)

磐余の路・キーワード

連子窓

山田寺(やまだでら)は、大化の改新時の右大臣、蘇我倉山田(そがのくらやまだの)石川麻呂(いしかわまろ)が建立した大寺です。

昭和五十一年から五十八年まで行われた発掘調査で皇極二年(643)の建立と判明しました。

このとき東回廊の連子窓が発見され、現在の法隆寺より古い木造の建築物であることがわかりました。

また、平成八年度の調査では南回廊の連子窓が発見され寺院の全容が明らかになりました。

大和の古道紀行

一般社団法人

桜井市観光協会』

※ 境内掲示より


石標や本堂らしい建物が見えたので此処だと思って境内をうろうろとしていたのですが、看板のようなものが見えたので行っていると、なんと広大な寺院跡が広がっていることに気付きました。

よくもまあ重機もない時代にこれだけの土木工事をしたものだと感心してしまいます。

説明書きを読んでさらにびっくりです。

恥ずかしいのですが記憶の片隅にもありませんでした。


関連情報レポートリンク

【桜井市 寺院一覧】

【★】は、参拝は、不可、又は事前連絡要の寺院