(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2021年08月06日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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香芝市平野 国指定史跡 平野塚穴山古墳


奈良県香芝市平野にある「国指定史跡 平野塚穴山古墳(ひらのつかあなやまこふん)」です。

近くに鎮座しているはずの杵築神社(きづきじんじゃ)を訪問参拝しようとやってきたのですが、如何やら住宅街からの参道はなさそうです。

歩いて参拝しようと歩いていると、何とも不思議な風景を目にして細い坂道を下ったところに『正楽寺(しょうらくじ)阿弥陀(あみだ)石仏 史跡 平野塚穴山古墳(ひらのつかあなやまこふん)』という道標を見つけました。

案の定、古墳であったことに納得です。


『国指定史跡

平野塚穴山古墳(ひらのつかあなやまこふん)(平野)

時代 飛鳥時代後半

平野塚穴山古墳(ひらのつかあなやまこふん)は、七世紀後半-末ごろの飛鳥(あすか)時代に築造(ちくぞう)された終末期古墳です。

墳丘(ふんきゅう)は一部削られていますが、一辺 18cm 、高さ 4m 前後の方墳と推定され、南面する丘陵の中腹に版築(はんちく)工法で強固に造られています。

江戸時代の絵図に埋葬施設が開口している様子が描かれていて、そこでは第二十三代の顕宗天皇(けんぞうてんのう)とされています。

埋葬施設は、玄室に短い羨道が付く横穴式石槨で、その大きさは全長 4.47m 、玄室長 3.5m 、玄室幅 1.5m 、玄室高 1.76m です。

二上山産の凝灰岩の切石を組み合わせて造られていて、当初は壁面に漆喰が塗られていたようです。

そして中国の唐尺(1尺= 29.75cm)で設計されていると考えられています。

石槨内から金環や中空玉、銅椀の破片のほか、棺材と思われる漆塗製品の破片が出土しています。

昭和四十七年に発掘調査されて、昭和四十八年には国の史跡にしていされました。

本古墳は、平野古墳群を構成するひとつで、約 300m 東には平野車塚古墳と平野2号墳があります。

平成二十二年三月

香芝市教育委員会』

※ 境内掲示より


飛鳥(あすか)時代と言えば西暦 592 - 710 ということですが、石室を見るとかなり発達した技術というかそれなりの工具や道具がなければここまで石を加工できないような気がします。

石棺でも書籍では簡単に石を刳り貫き等と記していますが、石を刳り貫くなんてそんなに簡単なことではありません。

もっと言えば石を加工することなどそれなりの道具と技術がなければ不可能でしょう。

考古学者はそのあたりを説明すべきではないでしょうか。