(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2021年06月12日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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天理市上仁興町 仁興城跡


奈良県天理市上仁興町にある「仁興城(にごうじょう)跡」です。

城好きには堪らないの場所だと思うのですが、城郭のない一般的な城は訪問してもあまり良く解りません。

個人的には解れば面白いと思うのですが、草生して土地の形状もはっきりしない城跡は何のことか全くわかりません。

伊賀氏・名張市にはかなりの数があるのですが、私には今一つ解りにくい遺跡です。


仁興城(にごうじょう)

仁興城(にごうじょう)は、集落を見下ろす尾根上に築かれ、集落よりも40mほど高い位置にあります。

城跡からは集落の入口が正面に見え、また東麓には南に続く道が通っていることから、集落への出入りを監視し、集落を支配・防衛する目的で築かれた城と考えられます。

基幹能動の建設に先立って平成十七年に発掘調査が実施されました。

その成果によれば、仁興城(にごうじょう)は尾根の稜線に沿って三つの郭(場内の区画)を一列に造成し、郭の間を堀で遮断する構造になっていました。

最も高い位置にある郭1は面積が380平方メートルと最も大きく、虎口(郭への出入口)と通路がみつかっています。

隣の郭2は面積が110平方メートルと小さく、標高も郭1より1m程低くなっています。

郭2からは焼土や炭が多量に入った穴が見つかりました。

郭の間を遮断する堀は断面がV字から逆台形状であるうえ、幅は5m、深さは約3mもあり、攻め込んだ敵兵が郭間を移動しにくいように設けられた守りの施設です。

建物跡は郭1で小規模な掘立柱建物1棟がみつかりましたが、仁興城(にごうじょう)の存続期間を直接示す遺物は見つかっていません。

城主の仁興氏は室町時代頃に当地の周辺を治めた地侍(在地領主)で、英算、英勝、英祐などの名が知られています。

地侍といっても武芸一辺倒ではなく、東山中(奈良盆地東側の山間部)に点在した地侍で構成する柴田天神講に参画して蓮歌会を催すなど、文化的な一面もあったようです。』

※ 境内掲示より


もう少し勉強しなければいけませんね。


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【城跡・城址】