(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2020年06月04日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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宇陀市室生田口元上田口 弁財天


奈良県宇陀市室生田口元上田口にある「弁財天(べんざいてん)」です。

伊勢本街道沿いに案内看板があっていつかは訪問しようと考えていました。

何処にあるのかと思えば道端に像があります。

谷を挟んで金刀比羅神社(ことひらじんじゃ)が鎮座していますが、なんと入山料が入ります。

石段下から参拝しました。


地名にみる神話の世界

当地で古くから語り継がれている処によりますと、神武天皇御東征の砌城が河原付近での八十梟師との激戦で屍か川を堰止めそこを超えて川を渡ったことからその川は胎ノ川と名付けられ、又下流の西ノ川との合流地点の中州は戦により、血の原と化したことから、後に血原と呼ばれ、現在も血原橋という地名にその歴史を偲ばせています。

胎ノ川の戦に勝ちをおさめられた神武天皇は弁財天石楠花の丘附近に宮城を築かれ傷を癒し兵力を貯え暫時政務を執られた。と言い伝えられています。

皇居の別称で内裏を意味する大内という言葉が現在も大内峠という名称で残っており、太古の名残りを今に伝えているのも意義深く感じられます。

弁財天の由来

弁財天さまは旅の途上体調を崩され当地で療養を重ねられ、毎日峠の池に御姿を映し御髪を整えられました。

そして御回復された後も海抜六百七十米に位置し、夏と●も朝夕肌寒さを覚える程の涼しさがお気に召し、「毎年避暑に当地を訪れられたことから弁財天という地名がついた」と語り伝えられています。』

※ 境内掲示より


トンネルを抜けた道を来るとここへたどり着きました。

土地勘が無いって面白いですね。


関連情報レポートリンク

【宇陀市 神社一覧】