(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2020年09月01日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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磯城郡田原本町保津 鏡作伊多神社


奈良県磯城郡田原本町保津にある「鏡作伊多神社(かがみつくりいたじんじゃ)」です。

集落が水路によって囲まれている「保津環濠集落」の説明板があったのですが、先に神社を参拝に行こうとやってきたのですが、なかなか近づけませんでした。

出入り口が限られていると説明されていたのでそれも仕方がないのでしょうか。

遙拝所が見えたので車を停めて確認に行くと奥に鳥居が見えて神社に辿り着きました。


『田原本歴史遺産 神々を訪ねて

延喜式内社 旧 十一郡 保津

鏡作伊多神社(かがみつくりいたじんじゃ)

祭神 石凝姥命 南本殿は文化年間(1800頃)の「隅木入春日造」の珍しい手法の春日造

保津・鏡作伊多神社(かがみつくりいたじんじゃ)は、大字保津環濠集落の南西端に鎮座し、保津環濠集落北側、道路・水路を挟んで約 150m 北に宮古・鏡作伊多神社(かがみつくりいたじんじゃ)がある。

保津と宮古の間の道路・水路を境に保津は十市郡、宮古は城下郡で、この道路・水路は整然とした条理に沿わず、西は大字富本から南南東に太子道・下ッ道を横切り、村屋座彌富都比売神社(むらやにますみふつひめじんじゃ)の中ッ道まで延びる 仮称 阪手道(磯城下横道)で、太子道・下ッ道の交わる場所に保津・鏡作伊多神社(かがみつくりいたじんじゃ)が存在する。

保津集落は近世以前には、現在の集落の東側、中垣内、奥垣内にあり、大正十二年(1923)の磯城農学校の敷地造成時に採土され、現在の集落跡の畑地は少なくなっているが、屋敷地の面影は残っている。

平成十八年の奥垣内の西、宮古池東堤改修工事に、集落跡に伴う、檜曲物井戸枠が数基出土している。

又、保津・鏡作伊多神社(かがみつくりいたじんじゃ)も、近世以前の保津集落の約 200m 東小字「伊多敷」にあったと推定される。

北本殿 基壇上に、二殿並び建ち、旧は檜皮葺、現在銅板で覆う春日造で、千木、勝男木、向拝角柱、向拝との繋部分は直材、軒廻りは二軒本繋垂木、正面扉口は方立柱を立て、向拝柱に斗拱を組み、象鼻を取り付ける。

身舎は角柱で土台上に建ち、登階五級、三方に縁を廻し、脇障子を付ける。

南本殿 旧は檜皮葺、現在銅板で覆う春日造で、千木、勝男木、向拝角柱、身舎との繋材はなく、珍しい手法で、向拝虹梁を組み象鼻の木鼻を取付け、向拝柱に斗拱を組み、象鼻の木鼻を取付ける。

身舎は円柱で土台上に建ち、軒廻りは一軒本繋垂木、正面扉口は方立柱を立て、登階は七級、三方に縁を廻し、脇障子を付ける。

この南本殿は「隅木入春日造」の珍しい手法の春日造である。

境内に文化二年(1805)の石燈籠と、天保六年(1835)の狛犬がある。

田原本町観光協会』

※ 境内掲示より


「環濠集落」って結構あるということが良く解りました。

全然知らなかったですね。


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