(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2020年04月23日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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磯城郡三宅町屏風 白山神社


奈良県磯城郡三宅町屏風に鎮座する「白山神社(しらやまじんじゃ)」です。

祭神は「伊邪那美命(いざなみのみこと)」だということです。

太子道を挟んで杵築神社(きづきじんじゃ)が鎮座しています。

この辺りは、忍性(にんしょう)菩薩の生まれ育った処で、聖徳太子が法隆寺建立の為に飛鳥と斑鳩を往復した道沿いということです。


『【太子道を往く聖徳太子

聖徳太子が愛馬の黒駒に乗り従者調子麿(ちょうしまろ)を従え、斑鳩宮(いかるがみや)から飛鳥の小墾田宮(おはりだみや)へ通われた道を「太子道(たいしみち)」と呼んでいる。

白山神社(しらやまじんじゃ)には太子が休憩された「腰掛石(こしかけいし)」や黒駒をつなぐ「駒つなぎの柳」が残っている。

また杵築神社(きづきじんじゃ)には太子が矢で示されたところから「矢じりの井戸」や「太子接待の絵馬」などもある。

この「屏風(びょうぶ)」という地名は、村人が太子をもてなすとき屏風(びょうぶ)をたてて風を防いだことから名付けられたと伝えられている。

太子を偲び昭和五年この地に聖徳太子が愛馬黒駒にまたがり、屏風(びょうぶ)を往来される像「黒駒に乗る太子銅像」が建立された。(銅像は第二次世界大戦中、金属類の献納でとりはずされ台座だけがのこされている。)』

※ 境内掲示より



腰掛石(こしかけいし)

聖徳太子は飛鳥の里から宮古・伴堂を経て屏風を通り唐院を過ぎ、法隆寺に通っておられたとき屏風の里の白山神社(しらやまじんじゃ)で駒を柳につなぎ「」に腰かけられて休憩をとられたといいつたえられている。

三宅町教育委員会』

※ 境内掲示より


何処にも「白山神社(しらやまじんじゃ)」の表示がなく、道標にあるのにと探したのですが、ここがそうであると気付くのには時間が掛かりました。

個人的には「聖徳太子」の存在には疑問視しているのですが、誰かがというのは間違いなく存在していたと思うので、そちらに興味があります。


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