(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2019年09月16日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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磯城郡田原本町黒田 史跡 黒田大塚古墳


奈良県磯城郡田原本町黒田にある「史跡 黒田大塚古墳(くろだおおつかこふん)」です。

かなり以前に近くの法楽寺(ほうらくじ)を訪問参拝して、帰宅して地図を見ているとすぐ近くにこの古墳があることは確認していました。

帰宅途中に自分の位置を見失っていて何処だろうと思っていると法楽寺(ほうらくじ)に気付いてこの古墳のことを思い出しました。

あまり土地勘がなくてもランドマークがあると安心です。


『県指定 史跡

黒田大塚古墳(くろだおおつかこふん)

黒田大塚古墳(くろだおおつかこふん)は、三宅古墳群の南端に位置する古墳時代後期の前方後円墳(ぜんぽうこうえんふん)である。

墳丘は二段築成であり、推定される規模は周濠をを含め全長 86m 、墳丘長 70m 、後円部径 40m 、後円部高さ 8.2m 、前方部前端幅 45m 、前方部長さ 7.7m である。

また、墳丘(ふんきゅう)の周囲には幅 8m 、深さ 約 1m の周濠がめぐる。

周濠(しゅうごう)の発掘調査では、墳丘に立てられていた円筒(えんとう)埴輪(はにわ)蓋形(しゅうごう)埴輪(はにわ)蓋形(しゅうごう)鳥形(とりがた)の木製品が転落した状態で出土していて、本来墳丘に立てられていたと考えられている。

埋葬施設は未調査のため不明だが、古墳の築造時代は、その形態や出土遺物から六世紀初頭と考えられる。

牛形(うしがた)埴輪(はにわ)が出土した田原本町羽子田一号墳とともに、奈良盆地中央部の数少ない古墳時代後期の大型古墳として、注目すべきである。

平成七年三月 奈良県教育委員会』

※ 境内掲示より



黒田大塚古墳(くろだおおつかこふん)変遷(へんせん)

黒田大塚古墳(くろだおおつかこふん)は、奈良盆地の低地部に立地する、古墳時代後期(約 1500 年前)の前方後円墳(ぜんぽうこうえんふん)です。

この古墳は、今より墳丘が一回り大きかったことや、幅 8m 、深さ 1m の周濠(しゅうごう)が巡っていたことが判っています。

現在公園内にみられるアスファルト部分は、周濠(しゅうごう)があった場所を示しています。

この周濠は約 250 年前の間、水をたたえていましたが、奈良時代頃に埋没したようです。

時を経て鎌倉時代になると、一度埋まった周濠(しゅうごう)部分に大溝を掘りまる。

大溝は、墳丘(ふんきゅう)を削った土を埋め立てられており、この頃から墳丘(ふんきゅう)の削平が始まったものと考えられます。

江戸時代には、さらに2条の大溝が墳丘(ふんきゅう)を囲むように彫られます。

内側の大溝は、墳丘(ふんきゅう)一段目を削るように掘削しており、今見るような墳形になりました。

- 図省略 -

田原本町教育委員会』

※ 境内掲示より


なるほど公園になっているんですね。

それにしてもこんなに近かったとは驚きです。


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