(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2019年09月01日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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宇陀市榛原澤 史跡 沢城址


奈良県宇陀市榛原澤にある「沢城(さわじょう)跡と下城(しもんじょ)馬場(ばば)遺跡」です。

なんでこんなところに石標がと思っていたのですが、説明書きを読んでみてなっとくです。

ここが「下城(しもんじょ)馬場(ばば)遺跡」で、山頂部に「沢城(さわじょう)跡」があるということですね。

ところで山頂部へ行くにはかなりの時間が必要なようです。


沢城跡と下城(しもんじょ)馬場(ばば)遺跡

沢城は、ここから北約900mの標高520m前後の山頂に築かれた山城である。

南北約200m、東西約250mの範囲には本丸や出丸などの平坦面(郭)、土塁、掘割りがよく残り、代表的な山城のひとつになっている。

この城は、宇陀三将のひとりである沢氏の本城として正平年間(1346 - 1370)に築城され、居館(きょかん)下城(しもんじょ))もつくられていた。

下城(しもんじょ)馬場(ばば)遺跡と呼んでいるこの地が居館(きょかん)跡であるとともに、縄文時代から弥生時代の遺跡であもある。

沢氏は、伊勢国司である北畠氏のもとで相当の勢力をもっていたが、永禄三年(1560)には松永久秀らによって城を追われた。

その後、キリシタンの高山飛騨守図書・右近親子が入城している。

永禄十年(15679には、高山氏が摂津に移り、沢氏が再び城主となっている。

豊臣秀吉の天下統一とおもに沢城は天正十三年(1585)までに廃城となっている。

榛原町教育委員会』

※ 境内掲示より


登山口に駐車場でもあるのかと行ってみたのですが、次回訪問時に延期ということになりました。

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