(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2018年10月18日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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磯城郡川西町結崎 糸井神社


奈良県磯城郡川西町結崎にある「糸井神社(いといじんじゃ)」です。

役場を出発して結崎の集落をグルっと回り、橋を渡って先に面塚を訪問して戻ってきました。

寺川の堤防上から見える赤い鳥居が印象的です。

この訪問では気付かなかったのですが、後に橋の対岸で橋を渡らずに数回通っていたことが解りました。

その時には全く気付いていませんでしたが、先日、面塚に気付いて橋を渡ってみて、そういえば何回か通っていることに気付きました。

土地勘の有無は重要であると再認識しました。


『川西町 町・村の歴史 大字 結崎(ゆうざき)

大字 結崎(ゆうざき)の概要

結崎(ゆうざき)は、寺川の右岸にあり、中村・市場・辻・井戸・出屋敷の五つの垣内(かいと)からなっている。

中世結崎郷(ゆうざきごう)は、結崎大明神(ゆうざきだいみょうじん)(現糸井神社(いといじんじゃ))を鎮守として、存在していた。

1600年代に入ると「結崎之枝郷(ゆうざきのえだごう)」として結崎市場村・中村・辻村・井戸村・梅戸村の五村となった。

1700年代の和州御領郷鑑(わしゅうごりょうごうかん)の中では「中村・市場村・辻村・井戸村四か村出屋敷与申付」と記されている。

明治十年に四か村と出屋敷方が合併し、結崎村となった。

鎮守であった糸井神社(いといじんじゃ)は、延喜式内社。

糸井神社(いといじんじゃ)の祭神は「大和史料」中に「本殿(ほんでん)豊鍬入姫命(とよすきいりひめのみこと)、同二ノ宮(にのみや)猿田彦命(さるたひこのみこと)、同三ノ宮(さんのみや)綾羽明神(あやはみょうじん)、同四ノ宮(しのみや)呉羽明神(くれはみょうじん)」と記されており、社伝中にも綾羽(あやは)呉羽(くれは)の祭神とあるところから、機織(はたおり)の技術集団の神と推察される。

本殿は、春日大社(かすがたいしゃ)の古殿を移築したと伝えられ、室町期の春日曼荼羅を所蔵し、興福寺(こうふくじ)春日大社(かすがたいしゃ)との関係も深かったと考えられている。

拝殿内には、多数の絵馬がある。

中でも江戸時代に始まった。

民衆が伊勢へ郡参したおかげ参りに発する「おかげ踊り絵馬(慶應四年(1868)と江戸時代奈良盆地を中心に盛んであった雨乞い踊りの形をあらわした「太鼓踊り絵馬(天保十三年(1842)作」があり、何れも県の文化財として指定されている。

この糸井神社(いといじんじゃ)から南東へ200mほど行くと寺川河川敷に、面塚がある。

面塚は、能楽観世流発祥の地として知られている。

この面塚に関し、次のような伝説がある。

「室町時代のある日のこと、一天俄かにかきくもり空中から異様な怪音と共に寺川(謡曲でいう糸魚川)のほとりに何か落下した。

この落下物は、一個の翁の能面と一束の葱であった。

村人は、能面をその場に葬り(一説にここ糸井神社(いといじんじゃ)で保存、その後春日大社(かすがたいしゃ)へ奉納されたというが、現在は不明)、葱はその地に植えたところ、みごとに生育し戦前まで「結崎ネブカ」として名物になった。

何れにしても史実と幻想をおりまぜて伝えられたものといえる。』

※ 境内掲示より



糸井神社(いといじんじゃ)

祭神 豊鍬入姫命(とよすきいりひめのみこと)

本殿 春日造檜皮葺

境内社 春日神社(かすがじんじゃ)大国主命神社(おおくにぬしのみことじんじゃ)事代主命(ことしろぬしのみこと)と合祀)、住吉神社(すみよしじんじゃ)稲荷神社(いなりじんじゃ)

延長五年(927)にまとめられた「延喜式新名帳」に記載されている式内社で、本殿も江戸時代に春日大社(かすがたいしゃ)から移建されたものです。

結崎内の五垣内(市場・中村・井戸・辻・出屋敷)により祀られています。

毎年十月第四土日に秋祭(土曜宵宮、日曜本祭)がおこなわれ、氏子が輪番でつとめるトウヤ(当屋、頭屋)の行事は当屋相撲など格調高く、大和祭礼の中でも注目すべきものです。

川西町教育委員会』

※ 境内掲示より



糸井神社(いといじんじゃ)の絵馬

神社の拝殿には様々な絵馬が飾られていますが、中でも多くの人たちが雨乞い等をしている様子を描いた天保十三年(1842)のものや、おかげ踊りを踊る様子を描いた慶應四年(1868)のものがひときわ目につき、それぞれ「太鼓踊り絵馬」、「おかげ踊り絵馬」と呼ばれていおります。

「太鼓踊り絵馬」の中には西瓜の切り売りをしている様子や、僧侶が灯籠に火をともしている様子などが描かれていて、当時の生活や、神仏習合の一端が垣間見られる良好な資料となっています。

これら二つの絵馬は奈良県指定文化財に指定されています。

川西町教育委員会』

※ 境内掲示より


道路を挟んで薬師堂(やくしどう)があります。

様々な寺社仏閣史跡があります。

やってきて良かったという思いが募りました。

川向うには持戒訪問とします。


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