(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2018年02月22日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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桜井市小夫 天神社


奈良県桜井市小夫にある「天神社(てんじんじゃ)小夫天神(おぶてんじん)〕」です。

号名を彫り込んだ石標には「斎宮山鎮座 天神社(てんじんじゃ)」と彫られています。

長谷寺(はせでら)から名阪国道の針TRSを目指して進んできました。

道路から山腹に神社が鎮座しているのが見えましたので参拝に来ました。


社伝 倭笠縫邑(やまとかさぬいのむら)泊瀬斎宮(はつせいつきのみや) 旧跡伝承地

往昔、小夫郷は倭笠縫邑(やまとかさぬいのむら)と称せられ、

天神社(てんじんじゃ)

天照皇大神宮(てんしょうこうたいじんぐう)御鎮座は、第十代崇神天皇即位六年秋九月二十三日、

神人分離の一大変革により、皇女豊鍬入姫命(とよすきいりひめのみこと)が皇祖を奉侍し給うた最初の霊跡であり、

当神社は斎宮山と称し、第四十代天武天皇即位二年夏四月大来皇女命(おおくのひめみこ)が化粧川で禊され、

宮を泊瀬斎宮(はつせいつきのみや)と為し、皇祖天照皇大神(あまてらすすめおおかみ)を奉祭せられ、

元伊勢として今日に伝えられている。』

※ 境内掲示より



『社伝 参道四つ石の由来

馬場参道に四つの石を置き並べてあり、伊勢神宮(いせじんぐう)壺石(つぼいし)と趣が類似する。

俗に四つ石と言う。

これを皇子(おうじ)中臣(なかとみ)忌部(いむべ)卜部(うらべ)と言い伝える。

天神社(てんじんじゃ)社務所』

※ 境内掲示より



『社伝 境内大(けやき)の大樹の由来

第二十三代顕宗天皇の御代

顕宗紀に「植(けやき)也田中乃(もり)也」とあり

社務所のある辺りは、古来から神前田と称し、恰も田中(たのなか)(もり)なり植槻(うえるけやき)なるとあるに符合し、いわゆる磐境(いわさか)として神木であります。

回り十一米あり約千五百年を経る。

社務所』

※ 境内掲示より



小夫 ケヤキ

天満神社(てんまじんじゃ)の西の崖の上にあり、樹高30m、根回り11m、幹回り8.24mある。

樹高10mのところで、10本の枝を分かち、枝張りは北西に良く伸びている。

根元に空洞があるが、樹勢は旺盛である。

市内で一番の巨樹で、県下でも有数のケヤキである。

桜井市教育委員会』

※ 境内掲示より



小夫 六角形石燈籠

天満神社(てんまじんじゃ)境内に立つ、全長170cm・笠長62cmの六角形石燈籠。

荒質の花崗岩の石材を用いて作られていて、笠の下半に「嘉暦二年十一月二十三日・願主藤原宗房・大江定光」と刻まれている。

火袋の観音は、中台も基礎も枠取りだけの簡素な作りであるが、蓮華は力強い表現をする。

笠以上は補作。

十四世紀に作られた石灯籠である。

桜井市教育委員会』

※ 境内掲示より



おかげおどり灯篭

文政十三年(1830)十二月吉日講中により奉納したもので、江戸時代庶民の間で伊勢神宮参詣が流行した。

おかげ灯篭は数多くあるが、「おどり」とつく灯篭は県下に三基しかなく、その内の一基です。

社務所』

※ 境内掲示より


天神社(てんじんじゃ)天満神社(てんまじんじゃ)は、区別されていないのでしょうか。

この同一視したパターンはよく見かけますが、部外者には区別がつきません。


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