(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2018年02月05日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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桜井市笠 笠山荒神社


奈良県桜井市笠にある「笠山荒神社(かさやまこうじんじゃ)笠山三宝荒神(かさやまさんぽうこうじん)〕」です。

2016年の正月に長谷寺(はせでら)に参拝し、瀧蔵神社(たきくらじんじゃ)から自宅へ戻るために針テラスへ向かう途中に「笠山荒神(かさやまこうじん)」の存在を知りました。

満を期して参拝にやってきました。

蕎麦で有名とは知りませんでしたので、他所で昼食後に到着したのが残念でした。


『荒神発祥の杜

日本第一笠山荒神社(かさやまこうじんじゃ)

御祭神

 土祖神(つちのみおやのかみ)

 奥津日子神(おきつひこのかみ)

 奥津比賣神(おきつひめのかみ)

笠山は荒神(こうじん)出自の源で笠七岫(ななみね)七谷(ななたに)の最高峰鷲峯山(じゅぶさん)の項に鎮まり坐す。

往古の鷲峯山(じゅぶさん)神奈備(かんなみ)と仰がれ笠の郷は神浅茅原(あさじがはら)と謂れ倭笠縫邑(やまとのかさぬいのむら)の神蹟伝承地であるなど悠久の歴史を有します。

この笠山に我が国固有の大地の神、竈の神を奉斎。

神仏習合を経て修験道が起り、持統天皇亥歳、荒神(こうじん)その神姿をあらわし役行者によって、此処の峯に宝祠を営み祀られます。

聖武天皇の御代、南都大佛建立に際し良辯僧正勅を受け笠山に登り祈誓をなすと、荒神(こうじん)容を現し奇瑞を示され、僧正その尊容を小木の板に画き留め、弘法大師空海この図像を模して木像に刻み荒神(こうじん)の尊像として安置されます。

以来、高僧、修験者、陰陽師などが修行、祈誓をかけては奇瑞なる霊験をさずかる霊地として、朝野の崇敬は厚くなります。

明治初年、神仏分離によって笠山荒神社(かさやまこうじんしゃ)となり奉斎。

三宝荒神(さんぽうこうじん)とも称し、大地を守り、竈・火鎮めの神を祀る日本第一の笠山荒神(かさやまこうじん)で、その霊威は、善を助け悪を罰し、清浄を尊び不浄を誡め火の神聖な機能によって除災招福を齋します。

国民生活に関わる守護神としての御神徳は高く、敬虔なる祈りの絶えない荒神(こうじん)発祥の杜であります。

周辺の霊境

 閼伽井不動尊(あかいふどうそん)

表参道入口傍らに、弘法大師空海に縁の霊場、閼伽井の池(あかいのいけ)があり、石造の不動明王(ふどうみょうおう)が祀られています。

 竹林寺(ちくりんじ)

木造薬師如来(やくしにょらい)立像(国重文)、木造地蔵菩薩(じぞうぼさつ)立像など多くの仏像が奉安されてます。

元加佐寺(笠寺)と称し、大規模な寺院であったが時代の推移により、竹林寺として明治初年までは荒神社と一体で今も板面荒神が祀られています。

 鏡池(かがみいけ)(心見の池)

良辯僧正、東大寺(とうだいじ)創建の勅を受け笠山で参籠に際し身を浄めたのがこの池で、奈良の猿沢の池に通じているとの伝承があります。

笠山の東麓に位置します。』

※ 境内掲示より



『日本第一

笠山三宝荒神(かさやまさんぽうこうじん)

ご祭神

 土祖神(はにおやのかみ)

 興津彦の神(おきつひこのかみ)

 興津姫の神(おきつひめのかみ)

ご由緒

笠山三宝荒神(かさやまさんぽうこうじん)は九万八千八百八躰の眷属(けんぞく)と倶に、参千年の昔より笠山の鷲ヶ峯に奉祀(まつり)て、山之辺の道に散在する社寺の三宝を守る神、奥之院として栄える。

大和の寺社仏閣は、三宝の神として崇拝し、笠山三宝荒神(かさやまさんぽうこうじん)の名声は大和の国、笠山の一隅より、広く日本全土津々浦々にひびきわたる。

火をしずめる神として諸人は、各家に奉祀(まつり)、其のご神徳に浴せり。

笠山三宝荒神(かさやまさんぽうこうじん)一隅大和照千(やまとのいちぐうよりせんりをてらす)

※ 境内掲示より



『日本第一

笠山三宝荒神(かさやまさんぽうこうじん)縁起

鷲峯山(じゅぶさん)笠山荒神(かさやまこうじん)は、日本最古の源にして山の項に鎮座なし給ふ

推古天皇の御時聖徳太子参籠され尊像を残す。

持統天皇亥歳役小角修行の際、形を顕し告給く我は三宝を守る荒神なり、常に善を作す者を助け、悪を造る者を罰す

我を敬ふ者は、我九万八千八百八躰の眷属と倶に守り、一切の願を叶ふべし、我身躰を見んと思われば即此七岫七谷の山、此なりと言ひ終りて、忽見え給はず小角その処に宝詞を営み護摩を修し霊神を祀り、奥津彦命(おきつひこのみこと)奥津姫命(おきつひめのみこと)土祖神(つちのみおやのかみ)の三神を火鎮めの神として祀る。

以后、紫燈護摩山伏の参籠後絶たず。

元正天皇の御時養老二年善無畏三蔵参籠され、笠を畄め置かれしより、山の名を笠山と呼ぶ。

聖武皇帝南都大佛殿建立の時、良辯僧正勅を受け笠山に来り七日七夜の祈誓をなし、大仏殿を成就し給ふ時に僧正その像を小木の板にきざみ尊像として安置し給ひ秘密荘厳の守護神あかい不動明王をきざみ給ふ

明暦四年秋盗賊尊像を大和の香久山のほとりに持ち帰るに、その所三日三夜常に暗となり闇中に光を現し怪しき事多かりし故に元の笠山に返しはべる

以后、火鎮の厄除土建縁結び、知恵授け、交通安全、商賣繁盛の守護神として世に知られる。

毎月二十八日は月例祭、一月四月九月の二十八日は大祭を営む。』

※ 境内掲示より


説明書きが三種類ありそれぞれ微妙に表現が異なります。

内容は同じだということでしょうが、伝承とはこういうことでしょう。

単語の意味合いが時代によって異なってくるので、読み手の時代によって意味が異なるということになるのでしょうか。


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