(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2017年12月23日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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奈良市大柳生町神野 立磐神社〔夜支布山口神社摂社〕


奈良県奈良市大柳生町神野に鎮座する「立磐神社(たていわじんじゃ)夜支布山口神社(やきふやまぐちじんじゃ)摂社〕」です。

夜支布山口神社(やきふやまぐちじんじゃ)の摂社となっていますが、元はこの神社が磐座(いわくら)を祀っていた地であるということです。

春日大社(かすがたいしゃ)が河内一之宮の枚岡神社(ひらおかじんじゃ)から社殿を運んでから大きく全国へ拡大していった証拠が残っているということでしょう。

この神社の占める氏子の皆さんの信仰が感じられます。


『国指定重要文化財

立磐神社(たていわじんじゃ)

社殿形式

  一間社春日造 檜皮葺

建立年代

  江戸時代 享保十二年(1727)

祭神

  天手力男命(あめのたぢからをのみこと)

當社地は立岩に神霊が宿る霊地として巨石信仰の古代から崇拝され、立岩の前には早い時期から社殿が建てられていたが、後世に山口神社(やまぐちじんじゃ)が當社地へ移され立磐の神が摂社となった神社である。

春日大社(かすがたいしゃ)蔵の記録及び社殿から発見された墨書によると現社殿は春日大社(かすがたいしゃ)享保御造替時に新造された本社本殿の第四殿を延享の御造替時(1744 - 1747)に當地へ移譲されたものである。

社殿は切妻入の正面に軒の付いた古い形式をよく傳え、また當初材が多く残り移建の事情も明らかなし點に注目すべきものがある。』

※ 境内掲示より


興味深い内容です。


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