(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2017年07月18日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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奈良市月ヶ瀬石打 古義真言律宗西大寺派 阿弥陀寺


奈良県奈良市月ヶ瀬石打にある「古義真言律宗西大寺派 阿弥陀寺(あみだじ)石打阿弥陀寺(いしうちあみだじ)〕」です。

隣接して境内のある八幡神社(はちまんじんじゃ)とは、神仏習合の名残を色濃く残しています。

最近は月ヶ瀬温泉の野菜売り場に時々訪問するのでよく通っていてとっくにレポートしていると思い込んでいました。

いざ写真を探してみると行方不明で発見するのに時間を費やしてしまいました。


縁起

本寺院は西大寺末寺真言律宗阿弥陀寺(あみだじ)で本尊は阿弥陀如来(あみだにょらい)である。

石打村は八世紀の頃、下出村といい、八王子社(はちおうじしゃ)を勧請し辻出古屋敷と称する所に薬師堂、六地蔵の地名を残す。

鎌倉時代の文永三年八幡宮(はちまんぐう)を勧請したが文禄五年の宮文書に観音寺(かんのんじ)の記録あり。

観音寺(かんのんじ)は神社境内の西側にありて天正九年伊賀の乱に類焼の憂目に遭い、当阿弥陀寺(あみだじ)はその後建立したものと考えられる。

創立年代は不詳であるが寛文七年以降の八幡社宮(はちまんしゃみや)棟札には石打阿弥陀寺(いしうちあみだじ)の名が残されている。

往時、石打には薬師堂、大師堂、山の堂、建王寺(殿寺)、念仏堂、不動堂等各小字に信仰の小祠が散在してありしをこの寺に併祀したという。

明治十七年石打小学校建築のため一時代表の庫裡にやむなく移祀したが、昭和四十八年区民の宿望成り本堂を現地に復旧再建する事を得た。

祭祀する本尊阿弥陀如来(あみだにょらい)は江戸中期の作。

仏として表現は円満慈愛に満ち、上品上生の定印を結んで安産併祀さる。

十一面観音(かんのん)座像は珍しく桜材一本造り本村最古の仏像で平安前期の特徴を備え村文化財指定を受けている。

又、木造大日如来(だいにちにょらい)座像は高貴な顔立ちと線刻に近いきれいな衣装はよく鎌倉時代の作柄を伝えている。

尚、本寺は古く室町時代後半の作と言われる絹本着色阿弥陀(あみだ)三尊来迎図(村指定文化財)及大般若経六百巻等貴重な資料を秘蔵する。

昭和六十年(1985)十月吉日 稲葉長輝誌』

※ 境内掲示より



『月ヶ瀬村指定文化財

日待講板碑

碑表面に寛永五年(1628)二月十五日御日待供養現世安穏後世衆生…と銘あり。

日待とは月待、庚申講、十九夜講等、江戸時代庶民信仰として盛んに行われたが、この碑は珍しく、奈良県下で最古のもので、全国で四番目に古いと確認されている。

月ヶ瀬村教育委員会

月ヶ瀬村文化財保護委員会』

※ 境内掲示より


横には「庚申塚」があります。


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