(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2017年06月25日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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山辺郡山添村北野 天神社遷幸の地・移転の記碑


奈良県山辺郡山添村北野にある「天神社遷幸の地・移転の記碑」です。


『山添村指定史跡

 (昭和四十八年二月二十一日指定)

天神社遷幸の地

(北野区)

大字北野小字ウチカタビロの水田の中に2.5m×2.5m、高さ70cmの土塚があり、何体かの石仏が祀られ、北野天神社(きたのてんじんじゃ)の祭礼旧五社巡りのときここで神拝されていた。 布目ダム建設により水没することとなったため、この地に移転して、保存するものである。 なお、移転前の場所は、発掘調査により縄文時代早期の集落跡であったことが確認された。

山添村』

※ 境内掲示より


勝越ウチカタビロの土塚

此の土塚は北野天神社(きたのてんじんじゃ)の祭礼旧五社巡りのとき御幣を収め奉田楽を奉し神拝される場所である。

しかし、布目ダム建設により此の土塚も水没することとなったために昔よりの伝統行事を守るべくこの地に移し奉祭することにしたものである。

なお旧の場所は此の地より北北西に二百米の所にあった。

又縄文時代早期の集落跡であったことが発掘調査によりわかったことをここに加えて記しておく。

平成元年十月吉日』

※ 境内掲示より


移転の記

一.フジノミ禊斎場

旧所在地 この地より西南約二百米的野川と深江川合流点より下の方三十米山裾の川端に高さ三米、横巾四米、厚さ三米の巨岩に不動明王の梵字が刻まれていた

この本体ののみ切抜き移転したものである。

一.用水路碑文

水路沿いの巨岩石に彫られていた部分を切りとり移転す。

由緒

今を去る二百八十年以前ウチカラヒロの水田壱町五反歩に灌漑用水路を計画し深江川最下流を堰止め山裾の岩磐又岩石の難所約二百米を掘り破り水路を作られしが昔日の事で道具又少なく作業は極めて困難なうえ、頗る危険であり、此の時巨岩に不動明王の梵字を彫り刻み石破りの傍で僧侶が作業の安全と工事の成就を祈り続けていたとの言伝えあり

用水路の碑文は水路開通完成時の年号と石工名である今の度図らずも布目ダム建設により湖底に沈むため此の地に移し祖先の大偉業と労苦を想い起す可く後世に伝えおくものなり

平成元年十二月吉日 建立』

※ 境内掲示より


訪問から日が経ってしまっているので、再確認に行かなければなりません。