(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2017年02月01日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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奈良市古市町 穴栗神社


奈良県奈良市古市町に鎮座する「穴栗神社(あなぐりじんじゃ)」です。

繰り返し近くの道路を通っていて奈良交通バスの「穴栗神社(あなぐりじんじゃ)」という停留所があるのは解っていたのですが、神社が鎮座しているのが東側か西側か解りませんでした。

今日は近くに用事があったので事前に位置を確認して参拝することが出来ました。

西側の住宅が立ち並ぶ方向にあると思っていたのですが、東側に鎮座していました。


穴栗神社(あなぐりじんじゃ)(伊久里(いくり)(もり))

奈良市横井

御祭神

  伊栗社(いぐりしゃ)(太玉命(ふとだまのみこと))

  穴栗社(あなぐりしゃ)(高御産霊尊(たかむすびのみこと))

  青榊社(あおさかきしゃ)(青和幣(あおにぎてと))

  辛榊社(からさかきしゃ)(白和幣(しらにぎてと))

この神社の鎮座する地は、古く「日本書紀」景行天皇(第十二代)の条に「春日穴咋邑」と出てくるところです。

神社の名を穴栗(●●)穴次(●●)と書くものもありますが、春日大社(かすがたいしゃ)の記録によると、平安時代に、この地から穴栗(●●)井栗(●●)の神が春日大社(かすがたいしゃ)勧請(かんじょう)(分霊)されたと書かれています。

境内にある元禄四年(1691)建立の社号標石にも「穴栗四社大明神(あなぐりししゃだいみょうじん)」とあり、穴栗(●●)は古くからの呼び名です。

現在、穴栗神社(あなぐりじんじゃ)は、横井東町の氏子がお(まつ)りしています。

「萬葉集」に

(いも)が家に 伊久里(いくり)(もり) 藤の花 今()む春も (つね)かくし見む

  ― 高安(たかやす) (おう)―(巻十七‐三千五百九十二)

と詠まれている「伊久里(いくり)(もり)」は、井栗の神を祭っていた、この地です。

歌は、天平十八年(746)八月七日に、越中守大伴家持(やかもち)(やかた)での(うたげ)の場で、玄勝というお坊さんが伝誦(でんしょう)したものです。

作者の高安(たかやす) (おう)(大原高安)は、天武天皇の皇子(なが)親王の孫にあたり、奈良の都の人です。

「恋しい人の家に(かよ)っていく伊久里(いくり)(もり)に咲く藤の花よ、まためぐってくる春にも、いつもこのように眺めていたいものだ」と詠んでいる作者は、藤の花の咲くころ、このあたりを通って、恋しい人のもとを訪ねたのでしょう。

境内の萬葉集歌碑は、平成十五年五月に、平城(なら)萬葉教室と横井東町自治会の協力によって建立されました。

伊久里(いくり)(もり)」萬葉集歌碑建立実行委員会』

※ 境内掲示より


社叢(しゃそう)(もり)は、なかなかの規模です。


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