(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2017年01月29日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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大和郡山市小泉町 小泉神社


奈良県大和郡山市小泉町に鎮座する「小泉神社(こいずみじんじゃ)」です。

大阪から朝護孫子寺(ちょうごそんじ)を経由して国道25号線を西へ走ってきて法隆寺(ほうりゅうじ)前を通って、さて、どの道から戻ろうかと考えていたら道路端に「小泉神社(こいずみじんじゃ)」と書かれた道標があったので参詣したことが無いなとやって来ました。

国道からは結構距離があり、駐車場が解りにくくて鳥居前で思案していました。

玉垣に沿って進むと駐車場があり、道路の突き当たりに奥に継摩寺(けいまじ)の鐘楼が見えたのですが今回は訪問しませんでした。


小泉神社(こいずみじんじゃ)

御鎮座

   大和郡山市小泉町桐之内

御祭神

 素戔嗚命

 誉田別命

産土大神は古来南之御宮通俗では牛頭天王社(ごずてんのうしゃ)と称され人皇百代小松天皇即ち今を去る五百年以上明徳應永年間(室町将軍三代から四代に亘る)此の地方の守護神として現在の神域に齋き祀られたのが当社の起源である。

其の后天門年間当地の豪族小泉史郎左ヱ門が社殿を改築せられ其鎮座祭には京都の神祇官領差遺され祝辞奉上のうえ奉幣之儀を執り行はれて以来、現時に及ぶ迄四百五十年間連綿として古式そのままを毎年秋の例祭に神社独特の五色の御幣を以って奉幣行事を続けておるのは実に神社の誇とする処でその昔を偲ばされる。

されば往古より此の地方一同の総社として地方住民の崇敬厚く室町・江戸時代を通じ時の領主より社領の寄進も有り遠近よりの参詣者絶える事なく社頭は恒に賑わいを呈せりと聞く。

其の后摂津茨木の里より片桐且元の弟貞隆候が領主となり、それ以来例祭には片桐石見守より献茶の儀を奉仕に相成り代々崇敬されて来たが、明治五年廃藩により、片桐公が上京の砌、小泉城(こいずみじょう)の裏門を当神社に寄贈さる。(現在小泉神社(こいずみじんじゃ)の表門で一名袖付門と称す)

明治二十年社名を小泉神社(こいずみじんじゃ)と改称、大正九年本殿を社寺保存法により特別保護建造物に指定、昭和二十二年、國の重要文化財に指定される。

境内社

   八幡神社

   九頭上神社

   片桐神社

   源宗稲荷』

※ 境内掲示より


それにしても境内が広いです。

小泉城(こいずみじょう)から門を映したという事での出、近くに城跡が存在するのか確認して訪問できれば嬉しいのですが、調べてみなければ情報はありません。

鳥居から石段を登って小泉城(こいずみじょう)の裏門を潜って辿り着いた境内は広大な空間を持っています。

社殿は彩色が風化で剥げ落ちていて、経年の重みを見せていますが、塗り直されている方が良いかどうかは、其々の好みでしょう。

大阪の神社は、経年の重みが好みなのかこのスタイルが多かったのですが三重県などでは綺麗に塗り直されている本殿や祠が多いようなので、これもまたいいかなと感じ始めています。


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