(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2017年01月11日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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山辺郡山添村西波多 上津大片刈遺跡


奈良県山辺郡山添村西波多にある「上津大片刈遺跡(うえつおおかたかりいせき)」です。

上津ダムのダム湖の中には、「上津大片刈遺跡(うえつおおかたかりいせき)」と「上津堂前尻遺跡」が水没しているということです。

布目ダムには「桐山和田遺跡」や「北野ウチカタビロ遺跡」が水没していて名張川岸には「大川遺跡」が存在しています。

本当にそんな時代から人が住んでいたという事で私には大きな驚きでしかありません。


上津大片刈遺跡(うえつおおかたかりいせき)

上津大片刈遺跡(うえつおおかたかりいせき)は、上津ダム建設に伴って行われた平成六年から七年の発掘調査によって発見された縄文時代草創期から早期・後期の遺跡です。

本遺跡の存在する山添村は他にも、桐山和田遺跡や北野ウチカタビロ遺跡・大川(おおこ)遺跡など近畿地方を代表する縄文時代遺跡の集中する地域です。

特に、一万八千年前に始まるとされる縄文時代草創期の遺跡は奈良盆地よりも多く見つかっています。

この遺跡は名張川の支流となる遅瀬川中流の急峻な山間部に位置しておりますが、その中でも河岸段丘によって作り出された比較的平坦な緩斜面を選んでいます。

遺跡からは住居あと一軒、屋外炉と考えられる集積遺構12基、多数の土杭や掘立柱建物の柱穴、立木が倒れた跡などが発見されました。

その他、鹿やイノシシを狩猟するのに使われたと思われる長さ7センチ前後の「石槍」や、魚や鳥の狩猟用として槍先に用いられた長さ3センチほどの「有茎尖頭器」7点、300点以上の「石鏃、有構砥石、石斧、石皿、皷石」その他縄文時代草創期の「瓜形文土器」早期の「押型文土器」などたくさんの遺物も出土しました。

こうした調査結果から上津大片刈遺跡は、桐山和田遺跡や北野ウチカタビロ遺跡と大川(おおこ)遺跡の間に位置付けられる時期の遺跡であることがわかりました。』

境内掲示より


私は「ゴッドハンド事件」以来、考古学者を信用していませんので、住居跡が一つしか発見されていないのであれば、狩猟用の作業小屋で住居ではないような気がします。

いずれにしろ縄文時代草創期にこんなに山深い地に住み着いたとは考えにくいので、季節や狩猟採集の為に一時的に住んだ程度のような気がしてなりません。

興味深いですね。