(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2016年10月25日】

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奈良市日笠町 今井堂天満神宮


奈良県奈良市日笠町に鎮座する「今井堂(いまいどう)天満神宮(てんまじんじゃ)」です。

神社入口の石燈篭は伊賀名張と奈良の往復時に休憩する奈良市大野町の十輪寺(じゅうりんじ)下の休憩所から見えていました。

鳥居が見えなかったのでなんだろうと常々思っていたのですが、時間があったので訪問していました。

神社であったという事に少しばかり驚かされました。


今井堂(いまいどう)の謂れ

源頼朝と戦って敗れた木曽義仲は、その家来で今井四郎兼平と共に信楽から名張を経て田原郷隈笠(日笠)に逃れここに身を隠した。

頼朝に追われた弟の義経が奈良の興福寺へ行く途中、隈笠を通ったので兼平は義経を討とうとするが失敗する。

その後、頼朝が大仏殿に参詣した機会をとらえて兼平は興福寺(こうふくじ)僧兵に姿にかえて矢を放つが不成功に終る。

兼平の一人息子であった隈笠四郎兼則は、父のために七重の石塔を建て、旭将軍と言われた木曽義仲の霊と共に今井兼平を祀ったのがこの今井堂である。

兼平が鏃で何かを書きつけておいたという石の手水鉢が昭和初期まであった。

その他、兼平は巻物を持っていて民家に預けていたようだが、後に火事で焼けてしまう。』

※ 境内掲示より


私の国語力では少しばかり混乱していしまいます。

どうやら今井四郎兼平が主役で、源義経を討とうとして失敗し、源頼朝に矢を放つという事はどちらにも見方をしていなかったという事でしょうか。

そしてどうなったのでしょうか。

子息が建てたという「七重石塔」は見当たりませんが…。

「手水鉢」はどうなったのでしょうか。

鍛冶で燃えたという「巻物」は何だったのか…。

私の理解力では少しばかり混乱を隠せません。


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