(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2016年09月18日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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天理市山田町 岩掛城跡


奈良県天理市山田町にある「岩掛城(いわかけじょう)跡」です。

同じ場所に「線刻不動明王磨崖仏」があります。

蔵輪寺(ぞうりんじ)を訪問した際には「道安(みちやす)」でしたが、この説明書きには「道安(どうあん)」となっています。


岩掛城(いわかけじょう)

興福寺大乗院方国民山田氏が室町時代に築いた山城。

城の南は布目川に。

東北側、西側も急斜面。

西北尾根を三ヶ所深い切堀で遮断。

好条件の尾根先に主郭(本丸)を造っている。

山田氏は応仁の乱後、東山中の豪族を従わすまで成長した。

戦国時代、山田順貞(としさだ)道安(どうあん))の時代に東隣、馬場に新たに新築した馬場城を本城にし、ここを支城とした。

山田道安(どうあん)は、永禄十年(1567)松永久秀と三好三人衆の戦いで焼けた大仏さんを銅板で修復し、大仏殿再建に尽力したが、天正三年(1573)に没し蔵輪寺(ぞうりんじ)に葬られた。

平成二十一年一月吉日

大和高原文化の会』

※ 境内掲示より


この道はバスが通りますが駐車余地はありません。


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【城跡・城址】