(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2016年05月29日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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橿原市醍醐町 特別史跡 藤原宮跡


奈良県橿原市醍醐町にある「特別史跡 藤原宮(ふじわらきゅう)跡」です。

名前は知ってたのですが、何処にあるのか解らず、土地勘が無いのでアクセス経路も良く解りませんでしたが、先日、大和三山の耳成山(みみなしやま)を訪問して古道 横大路を近鉄大阪線沿いに西へ桜井まで進んで少しばかり土地勘が出て来た時に道標に「藤原宮(ふじわらきゅう)跡」と書いてあったので凡その位置が解りやっとのことで辿り着きました。

車が停まっていたので駐車場と思って車を停めていたら、違ったらしくて申し訳ないことをしました。

隣接地と間違わないようにしましょう。


『特別史跡 藤原宮(ふじわらきゅう)

  史跡指定 昭和二十一年十一月二十一日

特別史跡指定 昭和二十七年三月二十九日

藤原京(ふじわらきょう)は、持統(じとう)天皇八年(694)から和銅三年(710)まで、持統(じとう)文武(もんむ)元明(げんめい)天皇三代にわたる都でした。

藤原宮(ふじわらきゅう)はその中心部にあり、現在の皇居と国会議事堂、および霞ヶ関(かすみがせき)の官庁街とを一か所に集めたようなところです。

大きさはおよそ九百メートル四方、まわりを大垣(おおがき)(高い塀)と(ほり)で囲み各面に三か所ずつ門が開きます。

中には、天皇が住む内裏、政治や儀式をおこなう大極殿(だいごくでん)朝堂院(ちょうどういん)、そして役所の建物などが立ち並んでいました。

大極殿(だいごくでん)は、重要な政治や儀式の際に天皇の出御(しゅつぎょ)する建物です。

赤く塗った柱を礎石の上に建て、屋根を瓦で葺くという、日本では最初の中国風の宮殿建築でした。

建物の柱間は正面九間(45m)、側面四間(20m)、基壇(きだん)を含めた高さは25mをこえ、藤原宮(ふじわらきゅう)では最大です。

現在は基壇の跡だけが残り、「大宮土檀(おおみやどだん)」と呼ばれています。

昭和十年(1935)に、日本古文化研究所がこの土檀を発掘調査し、藤原宮解明の端緒となりました。』

※ 境内掲示より


私が二十歳くらいに初めて平城京(へいじょうきゅう)を訪問した時にただの空き地で礎石があちらこちらにという状態よりはましですが、ここに何があったと説明文に書かれて写真が付けてあっても良く解りません。

直ぐ西の交差点の「橿原市藤原京資料室」に模型があって説明もして頂けますのでこちらを訪問してからの方が良く理解できるのではないでしょうか。

お気に入りの場所になりました。


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