(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2016年01月25日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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香芝市下田西 鹿島神社


奈良県香芝市下田西に鎮座する「鹿島神社(かしまじんじゃ)」です。

香芝市は子どもの頃から何回も訪問しているのですが、最近はあまり縁がないのと急速に市街地が開発されて昔あった土地勘が全く役に立ちません。

近鉄大阪線の下田の駅前も全く変わっていますし、周辺も古くからの集落以外は田畑しか無かったという記憶ですので全く解りません。

世の中の移り変わりは勢いが付くと加速が付くようです。


鹿島神社(かしまじんじゃ)結鎮座(けっちんざ)文書(ぶんしょ)渡御行事(とぎょぎょうじ)

鹿島神社(かしまじんじゃ)は、承安弐年(1172)三月、源頼朝の家臣であった鎌田小次郎政光は常陸国(現茨城県)鹿島本宮(かしまほんぐう)の御分霊(建御雷命(たけみかづちのみこと))を勧請したのが始まりと伝えられています。

本社には氏子の宮座である結鎮座(けっちんざ)があり、神社に奉仕して祭礼をおこなっていたことから、座の組織や年中行事などを記した四十六点から成る「結鎮座(けっちんざ)文書(ぶんしょ)(県指定文化財)」があります。

村落構造や宮座後世の変遷を考えるうえで貴重な史料となっています。

とくに宮座への入衆(にゅうしゅう)記録である「座衆帳(ざしゅうちょう)」は、健久七年(1196)の「一番行西、貞常」から慶応二年(1866)まで六百七十年間書き継ぎされて十三枚三巻があり現在も継承されています。

他にも応安二年(1369)以前の祭礼や神饌物を記録した「経営古記(こき)」、文安元年(1444)、法楽寺と本社の縁起や祭礼を整理した「座衆経営録」、永正元年(1504)の「下田法楽寺座法足(ほっそく)次第」、「鹿島宮(かしまぐう)法足(ほっそく)次第」の各一巻などで構成されています。

また、宮座の伝統的行事として「渡御行事(とぎょぎょうじ)(市指定文化財)」があります。

毎年一月二十六日、十人衆が輪番する頭屋(とや)宅に鹿島大明神(かしまだいみょうじん)の御神霊を奉迎(ほうげい)する行事で、中世に成立した宮座の祭礼が連綿と受け継がれており、市内で最も古くからおこなわれている行事です。

平成二十二年三月

香芝市教育委員会』

※ 境内掲示より


自分でも意外だったのですが、このレポートを始めてからこの鹿島神社(かしまじんじゃ)が香芝市で初めて訪問した神社になります。

二上山には数えられないくらい登っていますし、縁が有りすぎてという事でしょうか。

それにしても香芝市の変わりようは私にとっては驚きでしかありません。

史跡や神社仏閣をじっくりと廻ってみようと思います。

かなりの時間が必要だと思います。


関連情報レポートリンク

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