(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2015年12月20日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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宇陀市榛原下井足 宇太水分神社(下社)


奈良県宇陀市榛原下井足に鎮座する「宇太水分神社(うだみくまりじんじゃ)(下社)」です。

名古屋方面に向かって近鉄大阪線に乗って車窓から「宇太水分神社(うだみくまりじんじゃ)」の看板が見えていました。

最初に訪問したのが宇陀市菟田野古市場に鎮座する宇太水分神社(うだみくまりじんじゃ)(中社)でしたので、榛原駅から相当な距離があるなと思っていたのですが、こちらのことでしょうか。

宇陀市榛原萩原に鎮座する墨坂神社(すみさかじんじゃ)を訪問した時に掃除をされていた神官に昔はここが水分神社(みくまりじんじゃ)であったと教えて頂いたのですが、分水嶺としての神様を祀っている場所であることは間違いなさそうです。


宇太水分神社(うだみくまりじんじゃ)略記

主祭神

天水分神(あめのみくまりのかみ) 国水分神(くにのみくまりのかみ) 天児屋根命(あめのこやねのみこと) 品陀別命(ほんだわけのみこと)

末社

石神神社(いしかみじんじゃ)稲荷神社(いなりじんじゃ)金刀比羅神社(ことひらじんじゃ)

奈良県宇陀郡榛原町下井足、船形山に鎮座まします。

当神社の創祀は、太古の国史「三大実録」(奈良時代 - 平安時代に編集された六国史本)によれば「貞観元年(859)」九月八日宇太水分神社(うだみくまりじんじゃ)へ風雨祈願のため勅使を遣わし幣(お金や織物等)を祀ったとあるから、その由来は実に古く、水分神は「ミクマリ」と読まれ、五穀豊饒と生命を宿す御神徳の高い農耕神として人々の崇拝の対象とされてきたことを物語る。

延喜式神名帳では、当水分社葛城、都祁、吉野水分と共に大和の四水分の大社とされていたが、応保年間(1160)頃より芳野川にそって三所三座(当社、古市場社、芳野社)に祭られている。

「延喜式登載」や「水分由来集」や「神体形和記」によると五岡(古市場)、水分は(男躰)、田山(井足)、水分は女躰中山(芳野)、水分は童躰とあって、かつて祭礼には、中山水分から田山水分まで神輿の渡御があったと伝えられている。

明治の初め頃までは、本殿を始め附属の建物はすべて古い形式で(春日造)であったが、明治十一年、神社形式命により県社の指定を受け現在の神明造になっている。

平成九年五月』

※ 境内掲示より


最近はあちらこちらに参拝しすぎて、撮りためた写真の整理に追われていましたが、ほぼ見通しがついたので少しずつレポートしているのですが、あまりの多さに圧倒されています。

もっと深く知りたい人はそれに応えるような内容で情報発信をされている方がいますので是非そちらを見てください。

私は地域の散策マップで散策コースが出来れば良い程度の内容で、本当は現地でしっかりと説明書きを読んで貰ったり、地元の人や神社やお寺の方のお話を聞いてもらえればうれしいと思っています。

少しばかりの触れ合いでその地域が好きになれば素晴らしいことであると思います。


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