(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2015年12月07日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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奈良市都祁友田町 都祁水分神社


奈良県奈良市都祁友田町に鎮座する「都祁水分神社(つげみくまりじんじゃ)公式HP〕」です。

桜見物で宇陀市菟田野古市場に鎮座する宇太水分神社(うだみくまりじんじゃ)〔中社〕に辿り着いて水分神社(みくまりじんじゃ)が、分水嶺に位置して配置されていることを知りました。

順に廻ろうかとも考えていたのですが、なかなか実際に訪問する時間を創り出すのはおっくうになってしまいます。

神社周辺には「堀越頓宮(ほりこしとんぐう)跡」や「山邊の御井」があります。


式内大社 都祁水分神社(つげみくまりじんじゃ) 都祁村友田

祭神

速秋津彦命 天水分神 国水分神

古来大和国水分四社の一で、飛鳥時代に創祀されたと伝える。

初め小山戸かも元谷、山口神社(やまぐちじんじゃ)の地に祀られた自然神で、また農耕神として大和川、木津川の水源の神として、天平二年(730)「神戸」を寄せられ、仁寿二年(852)官社に列せられ、貞観元年(859)正五位下に進められている。

延喜式では大社に列し月次・新嘗の官幣を受けている。

平安時代の中期、興福寺(こうふくじ)喜多院の荘園がという地方都介郷に成立し、水分神は荘園の鎮守として、天禄二年(971)九月二十五日現社地に遷し祀られた。

鎌倉時代初期喜多院領は大乗院領となり、領内に成長した武士は氏人となり、当社は都介郷の水の神として崇敬せられた。

本殿 重要文化財 一間社春日造桧皮葺 室町中期の建立

御霊舎 本殿内に安置 康正三年の墨書銘あり

石造狛犬 一対 高さ0.7米 鎌倉末期のの作』

※ 境内掲示より



『水の神 都祁水分神社(つげみくまりじんじゃ)

都祁水分神社(つげみくまりじんじゃ)は、大和の国水分四社(都祁・宇陀〔上・・・下〕・吉野・葛城)のひとつで、速秋津彦命、天之水分神、国之水分神が祭られています。

水分は、「水配:山から流れる水が別れる所」を言い、当地では大和川と木津川の分配を司る神として古くより崇敬されてきました。 すでに天平二年(730)の大倭国正税帳に「都祁神戸」と記せられ、延喜式にある由緒ある神社です。 はじめは友田の南方大字小山戸で祭られていましたが、天禄二年(971)に、現在の場所に移されています。 本殿は、室町時代中期、明応八年(1499)に造営され、一間社春日造、桧皮葺の中世社殿として国の重要文化財に指定されています。 又本殿の前には、鎌倉末期の作と推定される一対の狛犬があり、早期狛犬の秀作として注目されています。 ほかに、国指定の重要文化財の棟札、県指定文化財の御輿、坂絵、絵巻が収められています。』

※ 境内掲示より



『奈良県指定文化財

金銅装神輿 一基

都祁水分神社(つげみくまりじんじゃ)に伝わる神輿は、床板の墨書銘より、康正三年(1457)に造られたことがわかる室町時代中期の作です。

明治の初期までは、毎年九月に行われる水分祭礼に実際用いられていたと伝えられていますが、そのわりに保存状態は良好で、内部には製作当寺の彩色も残っています。

長押の飾り金具や、屋根に吊る風鐸などは失われていますが、神輿の四面にとりつけられた十二面の銅製鏡が今日別に保存されていて、当初の装飾豊かな姿がしのばれます。

当神社には、この神輿の描かれた祭礼板絵一面と祭礼絵巻一巻が伝わり、実際に祭礼に用いられた様子がうかがわれます。

祭礼板絵一面と祭礼絵巻一巻は、本神輿を知る上で貴重な資料となっています。

昭和五十年三月三十一日指定

都祁村教育委員会』

※ 境内掲示より


境内は巨樹の社叢(しゃそう)で静寂で清涼な空気が清々しく雰囲気の良い心の落ち着く空間です。

パワースポットなどと云って、力を貰えるという事ではなく、神様に感謝して心を鎮めて落ち着けるというという事が本当ではないでしょうか。

何かをお願いして適う敵わないなどとご利益ばかりの願いを込めるのではなく、日々平穏に安寧な生活をおくれているという感謝の気持ちを伝えることで、それにたいする大きな見返りがもたらされるということでしょう。

あまり人が数多く訪れることがないようですが、河内に住んでいた私としては、この付近の水が流れてきていたという再認識することになりました。


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