(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2015年12月03日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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天理市福住町 氷室神社


奈良県天理市福住町に鎮座する「氷室神社(ひむろじんじゃ)」です。

道路脇に「くさ地蔵」と「復原氷室跡」という道標を見つけて探しに来たのですが、何方も見つけるのに苦労して「くさ地蔵」は、やっとのことで見つけたのですが、「復原氷室跡」は見つけられずに、「氷室神社(ひむろじんじゃ)」の看板と氷室神社(ひむろじんじゃ)駐車場という案内を発見してこちらへ到着し参拝しました。

天気も良くてゴールデンウィークなのに夏の様相の暑さでしたが、鳥居を潜て境内の奥へ歩を進めるとなんとも涼しい清々しさを感じることになりました。


福住 氷室神社(ひむろじんじゃ)御由緒書

祭神

畏くも当神社は国司所蔵の都祁(つげ)氷室神社(ひむろじんじゃ)にして御祭神特殊の御功徳に対し、旧号を福住氷池の宮又は都祁(つげ)氷室(ひむろ)或は福住氷室(ひむろ)とも称し、氷一切に関する守護神として今を去る壱千四百余年前允恭天皇三年辛酉朔日正月下旬時の大臣三田ノ宿彌勅を奉じて、本邦氷室濫觴(らんしょう)の霊地たる闘鶏氷室の傍に鎮座し給ひ爾来皇室の崇神殊の外厚く、古くは氷室神祭氷池風神祭いづれも官幣に預かり来りし、最も尊き大神にましますなり。

闘鶏稲置(つげのいなぎ)大山主神は神武天皇の皇子神八井耳ノ命の裔、津介国造りの後にして今日の機械氷たる前身として壱千六百余年の昔人智未開の時、天然氷を貯え且つ其利用の道を発明して、是を教え給ひ、或は凍豆腐の製造を創始して今日あらしめ給う大神なり。

大鷦鷯尊(おほさざきのみこと)は、謚名(おくりな)仁徳天皇にして献氷の典例を開かせ給ひし大神なり。

額田大中彦命は仁徳天皇の御弟にして貯水の術を奏上し献氷せしめ給ひし大神なり。

人皇第十六代仁徳天皇の御宇、額田大中皇子闘鶏野に狩し給ひ初めて氷室を観、これを齎し帰りて天皇に献ぜらしより氷室の献進永く国例となり年々朝廷に氷を貢ぎその後都を遷す毎に氷室を京城の近傍に設けられしも福住氷室(ひむろ)は其根元の所なるを以て供進に預り来りしこと国史に詳なり。

今も神社後方の室山(氷室山)に、古昔献氷を取りし、由緒ある茅萩池(ちすすぎいけ)及び天然氷を貯蔵せし氷室跡又は塔の森に此氷の祖神たる闘鶏稲置(つげのいなぎ)大山主命の境墓地並に古碑等歴然として、尚存せり。

例祭は十月十五日にしてこの日由縁深き氷室山旧址の御旅所(おたびしょ)へ古式による神輿渡御ありて最も殷賑(いんしん)を極むるなり。

氷室神社(ひむろじんじゃ)社務所

※ 境内掲示より


この鎮座地が天理市であるとは思っていなかったのですが、妻が言うので山の上の方も天理市なのかと不思議でした。

取り敢えず連休で混雑している名阪国道から離れて戻らないとえらい目に遭う事は必然ですし、昼時なのですが食べられるところは近隣には在りそうにないので、大きく北へ迂回して戻ることにします。

奈良市春日野町にも氷室神社(ひむろじんじゃ)が鎮座していましたが、レポートするのを忘れていることに気が付きました。

写真を探し出してレポートすることにします。


関連情報レポートリンク

【天理市 神社一覧】