(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2015年05月16日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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大和郡山市九条町 史跡 平城京西市跡


奈良県大和郡山市九条町にある「史跡 平城京西市(へいじょうきょうにしいち)跡」です。

地理不案内の為、この場所をあとから特定するのに難儀しました。

ネットにも、此の場所の住所などが書かれている場所が少なく、九条駅から東進した地点にあるという事になかなか気が付きませんでした。

あまり広い地域でもないのに解りにくいものです。


平城京西市(へいじょうきょうにしいち)

平城京(へいじょうきょう)には、二つの官営市場がありました。

右京八条二坊の西市と左京八条三坊(奈良市東九条町・杏町付近)の東市で、奈良時代の流通の中心となっていました。

西市は近鉄九条駅の東側一帯にあったと推定されています。

その広さは五、六、十一、十二坪の四坪(約70,000㎡)を占めていたと考えられています。

この説明板が立っているところが西市の東の端にあたります。

市は市司(いちのつかさ)によって管理され、周囲には垣がめぐり、四方に門があったと推定されています。

市は正午から日没まで開かれ、店には商品の名札が立てられ、米・麦・魚・海藻・塩・野菜などの食良品、麻・あしぎぬなどの衣料品、その他日用品や装身具が売られていました。

平城京(へいじょうきょう)の推定人口は10万人、かれらの生活を支え、物資調達の中心となっていたのです。

平城京(へいじょうきょう)からは、「西市(司)交易銭」と書かれた付札の木筒が発見されています。

西市で物品を購入するのを銭差し、(紐を通して束ねてある銭)に付つけられたものです。

西市跡保存会』


興味深い史跡です。