(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2015年01月06日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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奈良市西ノ京町 薬師寺八幡宮


奈良県奈良市西ノ京町に鎮座する「薬師寺八幡宮(やくしじはちまんぐう)休ヶ丘八幡神社(やすがおかはちまんじんじゃ)〕〔公式HP〕」です。

かなり以前の正月に何処かへ行こうと薬師寺(やくしじ)に辿り着いて初詣をしたのですが、その時に周辺に結構な数の神社があることを知ったのですが、その時は唐招提寺(とうしょうだいじ)に向かったのでこちらへは来ませんでした。

今日は線路の西側で気がついて歩を進めるとこの神社に辿り着きました。


薬師寺休丘八幡宮(やくしじはちまんぐう)

日本人は奈良時代より仏菩薩を本地とし諸神を垂述として、両社が表裏一体となり、互いに利益をほどこしながら衆生済度されるものとする信仰に生きてきた。

薬師寺(やくしじ)は寛平年中(889 - 897)に、別当の栄紹(えいしょう)大法師が寺の鎮守として、この八幡宮(はちまんぐう)の祭神である僧形八幡神(そうぎょうはちまんしん)神功皇后(じんぐうこうごう)仲津姫命(なかつひめのみこと)(いずれも国宝)を勧請した。

現在の社殿(重要文化財)は、幾度かの天災・人災により破壊、喪失された後、慶長八年(1603)に豊臣秀頼によって新造されたものである。

他に瑞垣門(みずかきもん)楼門(ろうもん)中門(なかもん)等も新造されたが地震で崩壊した。

本殿は三間社流造で、両脇に脇殿が接続している。

脇殿は十九明神の板絵(宝蔵庫に安置)が祀られている。

南北の細長い建物は座小屋と呼ばれ寺僧の加行場としても使用されたが、本来は古くから存した宮座の座衆が座すところで、明治以後残っている例は少ない。

また両脇に脇殿が付属する社数は少なく、しかも座小屋まで残っている点で歴史的に重要な建物とされているのみならず、明治以後は神仏が分離され、一寺院が神社を管理している例は少ない。

将来はさらに神域を整備し、楼門(ろうもん)などの復興を含め、本地垂迹(ほんじすいじゃく)・神仏習合の日本古来の信仰の姿にかえすよき信仰の道場として復興したいと念願している。』


今日は車で通りかかって駐車余地も無かったので大急ぎで参拝しましたので、写真も中途半端です。

薬師寺(やくしじ)唐招提寺(とうしょうだいじ)は再度ゆっくりと訪問するつもりですのでその時に改編することにします。

いずれにしろ、薬師寺(やくしじ)は法話を聞いて感嘆したので再度、訪問したいと思います。

しかし、歴史のある寺の中でも、依然として修業を継続していると感じられることは立派なものです。


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